Si-phon Game Club (SGC)Simulation Game & Column (SGC-シミュレーションゲームとコラム-)

| Si-phon トップページへ | 表示 | | 管理 | 分類 | 履歴 |
『ウォーゲーム日本史第7号長篠・設楽原合戦』 とは 7 years ago
-ウォーゲーム日本史第7号『長篠・設楽原合戦』-

ちょうど、長篠の戦いについて調べていると、『ウォーゲーム日本史第7号』で取り扱っている事を知った。
そもそも、この「長篠・設楽原合戦」を取り扱う事は「非常に難しい」と思う。
資料も少ないし、調べた事を表現しようとすると、何かと一般的なイメージが邪魔をするからだ。
実際、分かっていない事もまだまだ多く、そういう所は、何らかの憶測で埋めていくしかないのである。

そうした中、このゲームは「長篠城までを含んだゲーム」であるという。そこからも興味心が増す。
で、この商品パッケージであるが、これまで購入された方も、初めての方も「おやっ」と思うだろう。

前者からすると、ルールブックが別になった事で、本としての部分が薄く感じる様になった。
後者からすると、読み物形態だと思って購入すると、意外と薄い。流行のディエゴスティーニの感である。
だがルールブックが別なのは、使い勝手が良くなっていて、これはこれで良い事だと思う。

それと、肝心のゲームなのであるが、このウォーゲーム日本史というシリーズは、シリーズ全体のポリシーとしてか、
ヘックスを使ったマップシステムを取り扱わない。
恐らく、ヘックスを採用したマップというものを、初めて見た方は違和感を持つかも。という判断から来ているのだろう。
ところがヘックスに慣れ親しんだ方々からすると、これが無いと「一種の不安感」が付きまとうものである。
それすら感じなくなっているのであれば、かなりの域の方であろう。
勿論、ヘックス制度については、あるなし、どちらが良いかという答えなど無い。

-エリア制マップである事への興味-

ここで出した不安感という事について、誤解が無い様に、少し補足しておく。
まずは、ヘックス戦であると、蹂躙、二次移動、マストアタック、等など、これまでに経験あるルールが想像付くものだ。
逆にヘックスがないと、特別なルールを覚えたり、そのルールが煩雑であるのではないだろうか、などという不安感が、
必然的に先読みされてしまう。そう、この不安感は「経験則から発生する」のだ。

またヘックスの利点として、距離が計り易く、その中に地形情報など、色々な情報を入れ込む事が出来る。
特に作戦級ゲームの場合は、ここからユニットを「並べる楽しみ」「動かす楽しみ」が生まれてくる。
セットアップ画像を見る事から湧き出てくる「ワクワク感」は、正にこれなのである。
ヘックスが無いと、この事が奪われているのではないだろうか、という不安感も生まれるのである。
(『ゲームジャーナルNo34萌えよ!姉川の戦い』などはこの手法を巧く使ってると思う)

これら、経験則から来る不安感というものが、どうしても一定のユーザーから出る事は分かっていると思われる。
それなのに作戦級と思われるゲームにおいて、あえて非ヘックス型である事に、非常に興味が沸いたのである。

-読み物とは別の『長篠・設楽原合戦』研究素材として-

それではゲームの内容について、掻い摘んでご紹介したい。
まずエリア制のマップであるのだが、エリア数は少ないものの、それぞれのエリアの重要性が表現されている。
マップ割については、かなり考えたものではないだろうか。
ポイントとなるのは長篠城とその周辺エリア、そしてマップのヘソたる天王山エリアであろう。

武田軍はこの二つのポイントへ、どういう兵力の配分を行うかで、その後の展開が変わってくる。
もっと掘り起こして言うと、長篠城を包囲したまま戦うのか、落としにかかるのかである。
ゲーム中、長篠城は士気が変化していくが、こういう不安定な要素から、ゲームの流動性が出ている。
また、5ユニット迄で構成されるグループ概念や、戦闘システムなどは煩雑ではなく、この戦いをよく表現できている。

ここで1つ、騙まされては行けない事がある。このゲームは「武田と徳川の戦い」を表現しているのだ。
ちょっと調べると分かると思うが、一連の長篠の戦いとは、そういうものである。
ジャケットの存在感ある信長の絵に騙されて、武田のプレーヤーが織田との戦いであると誤解すると、史実同様、
悲惨な結果に終わる可能性が高い。この部分は、編集部が仕掛けたギミックなのだろう。
織田の鉄砲隊は、先制攻撃が可能な強力な部隊であるのだが、行動力には制限がかけらけている。
これは「織田の行動を自由にできない徳川」の表現なのかも知れない。

そうして両軍ぶつかり合うのであるが、織田は先制攻撃、武田はステップロスを吸収できる能力がある。
ステップロスの吸収とは、ユニットに2ステップの能力があるのである。ステップとは耐久力の事でもある。
織田・徳川が耐久力1なのに対し武田は2あるので、鉄砲隊の損害を受けても、攻撃が可能なのだ。
土屋昌次の突進」や「山県昌景が軍配を咥えたままの死闘」を演じる、といった表現なのだろう。

武田軍からすると、戦力の配分と、突撃のタイミングを図るゲームである。
連合軍からすると、できるだけ武田を分散させ、各個撃破を目指すゲームである。
という所で、このゲームは「戦力の配分を行う戦略面」と「攻撃を仕掛ける作戦面」を持ち合わせている。

-シミュレーションゲームが持つ可能性への挑戦-

武田の軍団というのは、結構複雑な構造である。
様々なムックなどでも、わかりやすい図を多様して表現されているが、それでもわかり難い。
これは信玄の時代、勢力が拡張していくにつれ、譜代の一門衆、子飼いの武将、臣従してきた武家という、
様々な勢力をまとめていく上で、やむを得ない組織構造だったのであろう。

そうした中、編成された武田軍団は、まさに規模の大きいカンプグルッペといった所であっただろう。
また近年、武田騎馬軍団への疑問と同様に、クルスクの大戦車戦も行われていなかった説も出てきた。
更にこのゲームの作戦構成は、トブルクを中心とした北アフリカ戦とも似ている。
もっと強引にこじつけると、甲斐の虎とドイツのタイガーIというのもある。

こういう武田や長篠のイメージと被ったからか、読み物の方では、鈴木銀一郎氏がWWIIのドイツ軍の話から始めてる。
戦車戦ドクトリンの話に始まり、途中から織田の鉄砲隊の話から、近江での戦いでの運用方法に繋げている。
最初は「おやっ」と思ったのであるが、ああこういう繋がりなのかと想像を膨らすのも、また一興なのだ。

という所で今回、謎の多い長篠の合戦について、コラムの代わりに、本日発売のゲーム素材をご紹介してみた。
このゲームは歴史へ対し、真面目にリサーチした結果を表現しているが、俗説に対しての暖かい味付けも行っている。
織田の鉄砲隊に対しては、千挺という事でゲーム化しているそうであるが、三千挺説のユニットも入ってる。
どちらを採用しても良いのだ。これは嬉しい。以って歴史の可能性を模索できるだろう。
また、デザイナー神保氏の熱い意気込みは「オール強調フォント」のデザイナーズノートを参照して欲しい。

ウォーゲーム日本史』は、現在、パッケージのリニューアル中との事である。
マニュアルの変化にもある様に、またその第一歩目を、社内でのデザインで固めてきた様に、その意気込みは、
ちゃんと内容へも現れていると感じた。

2010年9月20日、このゲームはもっと陽の目を浴びるべきである素材。そう感じコラムに変えてお伝えする。


<関連先リンク>
ウォーゲーム日本史第7号(国際通信社)
長篠・設楽原紀行【その1】(a-gameshop補足)
長篠・設楽原紀行【その2】(a-gameshop補足)
長篠・設楽原紀行【その3】(a-gameshop補足)

<関連記事リンク>
長篠の合戦 について

Si-phon Game Club 別冊 戦ノ国発売記念号 ご紹介 7 years ago
掲載内容
・甲斐虎二郎-瀬田の唐橋へ旗を立てに行く-
・Si-phon「戦ノ国(せんのくに)~もののふ絵巻~」世界観
・Si-phon「戦ノ国(せんのくに)~もののふ絵巻~」プレイ風景
・Si-phon「戦ノ国(せんのくに)~もののふ絵巻~」所感
・白浜わたる氏の戦国コラム

■表紙
SGCex001_01.jpg

■序章-甲斐の虎動く-
SGCex001_02.jpg

■風の章-颯爽と南信濃へ侵攻-
SGCex001_03.jpg

■林の章-慌てず次の戦いの準備を-
SGCex001_04.jpg

■もののふコラム-甲斐源氏・武田家と御旗楯無-
SGCex001_05.jpg

■火の章-怒涛の進撃戦-
SGCex001_06.jpg

■山の章-暴れん坊から強き者へ-
SGCex001_07.jpg

■最終章-小粒でビリリと辛い大人向けゲーム-
SGCex001_08.jpg


ダウンロード
PDF版のダウンロードはこちら(ZIP形式)
JPEG版のダウンロードはこちら(ZIP形式)
ePub版のダウンロードはこちらから(Podcast形式)


広告など
■デイリースポーツ(東日本版)2010年9月16日/24日/29日(掲載日)
Dailysports.jpg
(画像をクリックすると拡大します)


関連リンク
戦ノ国~もののふ絵巻~


関連記事リンク
『戦ノ国~もののふ絵巻~』 とは
『Si-phonGameClub別冊戦ノ国発売記念号』 とは
『戦ノ国初回特典冊子』 とは
『SGC別冊Vol.1 戦ノ国発売記念号』 とは 7 years ago
-戦ノ国のデザインコンセプトを伝える書として-

何気にスタートしたSi-phonGameClubの冊子も、早くもVol.3を数え、今般、生意気にも別冊を出す事に。
戦国シミュレーション『戦ノ国~もののふ絵巻~』の発売を記念してのものである。

ゲームの中にはマニュアルが、ちゃんと存在している。
空母決戦』にて試してみたユーザーマニュアル形式のものを、更に進化させ、今回もフルカラーでご用意した。
しかし戦国シミュレーションとなると、勿論、プレイしやすく纏めているものの、ルールや仕様は煩雑である。
操作方法だけでは、プレイヤーが欲しいと思う情報が、何かと不足するものだ。
それを補填するものとして、今回、マニュアル後半部へチュートリアルを入れてみた。
が、チュートリアルはチュートリアルである。更に突っ込んだ情報ではない。

悩んだ末に、更に追加して、特典冊子を作成する事にした。
PDFでも良いではないか、という案もあったのだが、やはり紙の重さは違う。
確かにコストは掛かるが、その分、多くの情報を伝える事ができるだろう。そう信じた。
と、思えるのも「空母決戦トラトラ虎の巻」での経験からである。

-専用の冊子へ-

初めは、予定していたSi-phonGameClubVol.4の中へ、特集記事として入れる案であった。
予定されていた配布時期は10月中旬。これは「戦ノ国」の発売予定日が8月27日時点での計画だった。
だが、弊社の問題で発売日が遅れる事となり、新たな発売日は9月30日と決まる。

冊子Si-phonGameClubの制作は、プログラムの部隊とは別の班で行っている。DTP作業なので当然だが。
という所で、作業は平行して行っていたのだが、どうもページ割の作業からして進みが悪い。
悪い原因は「戦ノ国」の特集記事の展開と、後半ページの繋ぎが巧く定まらないからであった。
そんなこんなで、8月も終わり9月に入った。だが状況は変らない。他の仕事の都合もある。

個人的な事ながら、昔から、悩んだらやらない。買わない。動かない。というのが信条である。
その代わりに、やると決めたらトコトンやる事にしている。
今回は悩みが解消する見込みが無いので、Vol.4の展開を止めた。その代わりに、専用の書を作る事にした。
これで悩みは無くなった。案外、問題の解決方法は、単純な所にあるものだ。

-作業チームの編成-

こうなるとトコトンやる。という事になるのだが、いざやると決まると、次々に欲が出てくる。
折角作るのであるならば、製品の中へ入れ込めないか。DTPの担当者からすると、嫌な予感だろうが気にしない。

カレンダーを眺めてみる。五日しかないが、週末までに印刷データを仕上げると、なんとか間に合いそうだ。
但し、手抜きがあっては何にもならない。今回は特に「伝える内容が重要」なのである。
取り急ぎチーム人選を行う。最短の時間で、最高のものに仕上げなければならない。
コミニュケーションのとり方も大切であれば、意思の疎通が何より大切である。
よって経験のある「初回特典冊子」のチームが、そのまま今回のチームとなった。

まずはライターへ連絡をつける。ライターは白浜わたる氏である。
戦ノ国もののふ年表システム」という、1000を超えるパターンのエンディングを担当して頂いた方である。
だが今回、ゲームプログラムの開発には携わっておらず、簡単なコンセプト程度しか伝わっていない。
急ぎ、開発中のプログラムを用意し、仕様の確認を行い、プレイして貰う。

-より深くプレイして貰える為に-

プレイして貰っている間に、ページ割を行い、これを伝え、展開方法を確認し合う。
ダラけたプレイ日記ではなく、デザインコンセプトを理解して貰うのと、プレイの補足にならなければないない。
また、この手のSLG系ゲームについてくる、リファレンスマニュアル的なものでも意味がない。
噛み砕いて「分かり易く表現する事」に、手間とコストを掛ける意味があるのだ。

初めてのプレイなのに、凄い質問が飛んで来た。開発陣へその質問を投げかけ、テキスト作成の準備は整う。
週が始まり、朝一番の会議にてDTP部隊へこの仕事を伝える。
最初は呆気に取られていた様であるが、やり甲斐のある仕事と感じたのだろう。士気は高かった。

士気が高いと、作業効率も良いし、何にしても出来も良くなるものである。
構想より僅か五日での入稿となったが、その短さも関係なく、きちんとコンセプトが伝えられるものに仕上がった。
見た目が地味なゲームである為、伝わるか不安であった箇所も、丁寧に説明して貰った。
この書を読んでプレイして貰うと、一段と深く、プレイできるのではないだろうか。

2010年9月14日、今回の作業チームへ感謝しつつ、ユーザーへ対し、コンセプトがきちんと伝わる事を願う。


関連リンク
戦ノ国~もののふ絵巻~


関連記事リンク
『戦ノ国~もののふ絵巻~』 とは
Si-phon Game Club 別冊 戦ノ国発売記念号 ご紹介
『戦ノ国初回特典冊子』 とは
『戦ノ国初回特典冊子』 とは 7 years ago
-何故か語られない武士と戦国の本質へ-

今般「戦ノ国~もののふ絵巻~」を発売するに到り、初回製造ロットの中へ特典冊子がつく事になっている。
ここでは、この冊子を制作していく過程や、その主張について展開していきたい。

歴史の研究というのは、日々進歩があり、新たな発見と共に変っていくものである。
ただ、その新しい発見や学術の進展が、必ずしも多くの者を引き付けるとは限らない。
ピラミッド型の分布図があるとしたら、これらを楽しめる方々というのは、頂点に近い方々なのかもしれない。
これは歴史の中で作られてきた、「講談っぽさ」という楽しみ方に反する事も多いからであろう。

ゲーム業界においても、悲しいかな、20~30年前の学術に基づくデータを引きずっている状況だ。
やはり新しい学術に基づくゲームより、多くの人に興味をもって貰う手法でないと、売り難いからだろうか。
だが作り手としては、何らかの新しい発見を入れ込みたい、という衝動に駆られるものである。

出版においても、同じ様な傾向なのだうろか。
売れているという本を読んでみると、大抵は、作家の手によって、俗説を手堅く纏められたものが多い。
しかも流行があるのだろうか、どれも同じ様な特集のものが続く。

そんな中、ゲームとして再現する事は難しいが、製品コンテンツとして、小冊子を作成する事は可能であった。
何も武士や戦国の楽しみ方は、ゲームだけではないのである。
プレイして楽しむだけでなく「読んで知る楽しみ方」だってあるのだ。

-ゲームから一歩踏み込んだ興味へ-

確かに、何を知りたいかは「その人次第」である。
講談としての楽しみ」を崩したくない人もいるならば、「史実原理主義」的な方もいるだろう。
ゲームの中に入っているのなら、「ゲームのデータ集」でなければ興味が無い、という方もいるかも知れない。
ただストラテジーゲームから、一歩踏み込み「読んで楽しむ戦国への興味」があっても良いのではないだろうか。
今回はゲーム内容とは切り離して、こうした読み物として展開する事とした。

コーエーさんや、学研さんらが、これまで築いてきたものは、それはそれで偉大な業績である。
でもちょっと、違った視点から見つめてみるのも、これまた良いだろうと感じていた。
こんな話しが、白浜わたる氏から出てきたのが、丁度、2010年4月の中頃であった。

-折角なので、あまり語られない分野へ陽をあてたい-

白浜わたる氏は、今回、戦ノ国の「もののふ年表システム」に絡むリサーチをお願いした方である。
Si-phonGameClubVol.3にて、コラムをお願いした所からの話しであったのであるが、話しはトントン進む。

実は、戦ノ国の当初の発売日は5月21日であった。
これが遅れてしまい、申し訳ない気持ちもあって、コラム集の特典冊子を付ける、という企画が出てきた。
これと連動した話しへ跳んでいくのであるが、単発のコラムだけあっても味気ない。
メインで訴えるものは何であるか、その事へ取り組む事ができるではないか、という話しへ進んでいく。

ここで初めて、白浜わたる氏へ弊社のスケジュールを打ち明けた。
だったら武士や戦国について、あまり語られない本質を語るべきコンテンツにしよう、という話しが出てきた。
白浜氏にしてみると、何故、皆語ってくれないのだろうか、という分野があった様だ。
土地の支配形態の変遷による、武士の本質と、戦国という時代の分析・研究について、もっと陽が当っても良いのに。
という事だった。

-時代に逆行してでも行う価値-

本来、こういう企画であれば、もっと大きい版で出したい所であるのだが、ゲームパッケージに制限されてしまう。
文庫本よりは若干広いサイズであるが、厚さにも制限される為、あまりページ数も与えられない。
そんな制限の多い編集作業でもあったので、せめてフルカラーでやってみようという事になった。
モノクロでやるよりも、もしかしたら、少しでも多くの人が目にしてくれるかも知れない、との思いからである。

目にしてもらう事で「新しい発見」が起こるかも知れない。そういうユーザーを増やしていきたい。
これは印刷物の活字離れが進む中、時代に逆行しているのかもしれないが、とりあえずやってみる事にした。
そもそも今時、PCゲームの開発をやっている事そのものが、時代に逆行しているのだ。
失うものはないし、得られる事があればそれで良いではないか。

等という経緯のもと制作した訳であるが、これにて知り合えた白浜わたる氏へは、感謝の念が尽きない。
2010年9月13日、できれば、これからも一緒に制作業務を続けたいと願う。

■表紙
SGCsp001_01.jpg

■目次
SGCsp001_02.jpg

■Si-phonGameClubVol.3より
SGC003_09.jpg


関連リンク
戦ノ国~もののふ絵巻~


関連記事リンク
『戦ノ国~もののふ絵巻~』 とは
Si-phon Game Club 別冊 戦ノ国発売記念号 ご紹介
『Si-phonGameClub別冊戦ノ国発売記念号』 とは
関ヶ原の戦い について(第三部) 7 years ago
-暗闇の行軍-

赤坂の陣にて、家康のもとへ「西軍動くの報」が入る。
家康から見ると、三成は秀忠隊が到着する前に、戦線を後退させ、立花宗茂軍との合流を急いだとでも見えたのだろう。
後退中の三成軍を追撃し、後詰が殿軍になったのか、残った毛利軍を降す絶好のチャンスだと写ったに違いない。

この戦いのキモは毛利の降ろし方である。それによって、五大老のシステムを瓦解する事ができるのだ。
このシステムが瓦解すれば、もはや既存の政権に、徳川を凌ぐ勢力が形成される事もないだろう。

という事で、まずは三成を追撃する為に、前軍を福島隊や黒田隊など、特に三成憎しの感情強き諸将で編成。
中軍は毛利を降す為、家康自らがあたり、後軍は秀忠隊の到着までを繋ぐ為、浅野隊などを当てた。
ゲームジャーナル32号の図表を見るに、こんな陣立てであったのだろうか。

-霧の関ヶ原-

何時の時代も、ただの仕事ではなく、特に気持ちの入る仕事というものがある。
こういう時は、得てして「思った以上の成果」がでるものだ。
東軍先鋒衆(上記の前軍)の多くは、三成憎しの念を抱いている。暗殺計画まで実行していた人物も多い。
しかもちょっと前まで、朝鮮半島で戦っていた歴戦の兵ぞろいなのだ。戦果があがっておかしくは無い。

そうして朝8:00、進軍を続ける先鋒衆の前に立ち塞がったのは、退却中の三成軍ではなく、陣取った西軍であった。
大筒も用意されていたという。三成憎しの追激戦のつもりが、なんと遭遇戦である。
こうなると立場は逆転し、如何に勇猛果敢な福島・黒田隊と言えど、流石に苦戦する訳だ。
また続々と、後続の部隊が戦線へ到着するも、容易に突破などできる訳がない。

この時点で、家康本隊も未だ行軍中であり、最前線の遥か後方に位置していた、というのがこの説である。

-秀秋の苦悩とは-

東軍先鋒衆の苦戦は続く。家康からすると、ここに来て大きく予定が狂ってしまう。
追撃戦のつもりが、なんと遭遇戦となってしまい、戦闘が始まってしまったばかりか、逆に押されているではないか。
家康は松尾山の小早川秀秋へ、早く参戦する様、強く促す。

ここで、秀秋の立場で考えてみる。
そもそも三成に加担する気は毛頭ないので、三成から援軍要請があっても、耳を貸す必要はない。
これまでの経緯で、家康や黒田家には借りがあっても、三成には恨みしかないのである。
まして目の前には大谷隊が、こちらへ向けて陣取っているではないか。信用もされていない。

秀秋にしてみれば≪そこに居るだけで≫毛利が降参し、戦いは終わるハズであったのだろう。
そういう話だったのかもしれない。そしてここで、宇喜多隊へ突撃するなどという話は想定していない。
ちょっと前までは、一緒に戦っていた仲なのだ。

しかし、肝心の毛利の動きが分からない。
東軍劣勢の中、秀秋が西軍へ参戦し、毛利が東軍へ参戦したら、それこそ馬鹿を見るではないか。
器量に劣るとは言われていても、そんな判断が出来ない程の馬鹿ではない。
家康から使者がこようが、とりあえず毛利の動向が判断できないと、動きようが無いのが実情なのだ。

-霧が晴れた後で-

家康としても、無駄に歳を食っている訳ではない。むしろ老獪な部類であろう。
秀秋が動かない理由は分かっている。西軍に付くのであれば≪西軍優位な内に≫既に付いているハズだ。
三成へ加担したくないが、東軍として参戦するには、今は時期が悪い。そんなもんだろう、と。
だが前日までは、毛利を降せは終わる戦いであったが、今となっては、小早川が参戦しないと勝てない戦いとなった。

家康としてできる事は何だろうか。毛利が動かない事を実証し、自らも戦場へ赴く事だ。
それも「松尾山から見える位置」に。
その為には、危険であるが毛利の前を横切り、進軍を続けなければならない。
吉川へは「空手形ならぬ空弁当を食わせ」つつ。

結果、毛利は動かず、家康は戦場へ到達し、小早川の軍を睨み付ける位置に達する。
見晴らしの良い松尾山である。秀秋の陣から、その一部始終が見えていたであろう。
こうなってしまっては、参戦しないと身が持たない。西軍にも東軍にも属さなかったとみなされるであろう。
この瞬間、全てが決したと言ってみる。
見ているだけならまだしも、参戦した秀秋に対する宇喜多秀家の怒りは、相当なものであったという。

後、論功行賞により、秀秋は宇喜多秀家の岡山へ入った。
領民に慕われる政治を行ったといわれるが、これは、秀家への償いでもあったのかもしれない。
だが大きな恩賞と引き換えに、裏切り者というジョーカーを引かされてしまった。家康が上手だった。

-不明な謎へ対して-

家康からする関ヶ原とは何だったのだろう。
関ヶ原の戦いについては、豊臣vs徳川であるとか、豊臣の内紛であるとか、その様な話がよく出てくる。
論争などもあるのかもしれないが、どちらが正しいのかなど、どうでもよいではないか。

ドラマの主人公は勝利者たる家康であり、これを潰そうとした反家康勢力は、反三成という勢力に負けたのだ。
この反三成という勢力を、巧みに利用したのが家康であり、シナリオ通りには行かなかったが、天下餅を手にした。
そうして「勝利者の絵巻」は完成したのである。

当然、シナリオ通りに行かなかった所は、謎にしておくしかない。
シナリオ通りに進んだとしても、闇の部分はあるのである。
だったら、せっかく謎を残してくれているのだから、いろいろな発想があってよいだろう。
今回のこのコラムも、ゲームジャーナル32号『霧の関ヶ原』があってこそでもあり、この遭遇戦の話も、もしかしたら、
バルジの戦いなどの、渋滞ルールからの発想なのかもしれないのだ。

こんな思いがあったので、今回は、話を膨らませてみた。

(三部完)

第二部はこちら
第一部はこちら
関ヶ原の戦い について(第二部) 7 years ago
-親の心、子知らず-

東北を結城秀康にまかせ、江戸を発した家康軍と秀忠軍であるが、ここまでは家康の思惑通りに事は進む。
一般に、関ヶ原の「遅参を咎められた」とされる秀忠であるが、咎められたのは遅参が原因なのだろうか。
そもそも、この二つに分かれた行軍ルートの意義は何だったのだろうか。と、何時も思う。

例えば、上杉謙信が関東へ出征する時、北関東の諸将はこぞって上杉の味方となった。
だが越後へ帰っていくと、何事もなかったのような状態に戻ったという。
要は「長いものには巻かれてろ」みたいな風潮があるのだろう。

家康からしてみると、武田の旧家臣団をかなり吸収している。
よって周囲へ対しても、武田に代わる新しい領主は「強い徳川」である、その事を見せつけなけれはならない。
という所で、二手に分かれての行軍ではなかったのだろうか。そしてその主力は、武田の旧領を通る必要がある。

しかし、秀忠は真田に負けての行軍である。真田は武田の旧臣の筆頭みたいなものだ。それも外様的な。
これでは「新たな領主ってたいしたこと無いんだな」と、わざわざ言って回った様なものである。
しかも武田の旧領で、なのだ。これでは家康も腹立たしいだろう。顔も見たくない理由はこれではないのだろうか。
親父の意図も汲み取らず、花道が泥道になったのである。

-GameJournalNo.32「霧の関ヶ原」での展開-

今回は付録ゲームの方ではなく、記事の方のご紹介である。
勿論、詳しくはゲームジャーナル32号をご覧頂く事とするのだが、掲載されている内容を掻い摘んでご紹介する。

まず誌面においては『霧の関ヶ原』という切り口を、「関ヶ原の戦いは遭遇戦」であったとしている。
この点について、当時の道路事情や行軍速度を用い、時系列にて丁寧に語られている。
大垣城を発した三成軍と、それを追う家康軍の行程表である。

WWII終盤、ドイツ軍攻勢を再現した「バルジの戦い」なるゲーム群のプレイ経験があるゲーマーの方々ならば、
この戦いの特徴である「渋滞ルール」などを想像してもらえると、意味がわかり易いだろう。
所詮、道路のキャパシティをオーバーした移動など出来ないのである。

という所で合戦が発生した朝8:00頃、西軍が待ち受ける中へ、行軍中の東軍の先鋒衆が突入。
そこから合戦が始まり、東軍は次々と戦線へ到着・投入されて行き、家康本軍は到着していなかった説である。
図表が多くわかり易いので、興味がある方は一見の価値ありだと感じる。どうであろうか。

-関ヶ原での決戦、その前に-

これよりは上記、ゲームジャーナルの説に続けて、当方の見解を続けたい。
まず大垣城を出発した西軍一行であるが、続く東軍の動きを見ていると「追激戦の模様」を感じる。

毛利軍陣取る南宮山の南側を通り行軍する西軍であるが、東軍は北側のルートにて進軍する。
もし本当に、関ヶ原での決戦を想定していたら、東軍は危険な夜間の行軍を行うであろうか。
南宮山には毛利の大軍が居座っているのである。

東軍の陣立てを見るに、突き進む東軍先鋒衆は、秀吉子飼いの大名揃いである。
家康からしてみると、これらの部隊は敗走しない限り、消耗しても痛くも痒くもない。
まして、退却中と見られる西軍へ一撃加えれれば、それに越した事はない。
毛利軍にしても、後ろにいる徳川本隊を前に、この東軍先鋒衆へ攻撃を加える事があるだろうか。

東軍先鋒衆が三成軍へ一撃を加え、家康本隊でもって毛利を牽制する。
そうして退却中と見られる西軍が敗走した場合、取り残された毛利軍はどうなるであろう。
更に東軍には、後続の大部隊として、そのうち秀忠率いる徳川本隊が到着するのである。
多少消耗させても良い、秀吉子飼いの部隊で三成を追撃させ、家康本隊は温存するしつつ、徳川が毛利を降す。
これが理想であろうし、家康のポイントはここにあったのではないだろうか。

両軍が大垣城、及び、赤坂から関ヶ原へ移動する時点の「小早川と吉川の配置は毛利対策」と見える。
だからこそ、退却中とみた三成軍への追撃隊は、福島・黒田隊を中心とした軍だったのではないだろうか。
三成を敗走させ、小早川と吉川に挟まれた毛利を徳川が降し、この戦いを終える。これが家康のシナリオだろう。

-小早川秀秋の意図-

そこで松尾山に陣取った小早川軍である。
この時点で、小早川秀秋は裏切る気満々であったと見ている。巷で言われる迷いがある訳がないと。
この直前、秀秋は筑前名島30万石から越前北ノ庄15万石へ減封されかかっている。
定かではないが、三成が減封を図り、家康がこの処分の撤回を取り成したと言われている。
また、結果的に小早川家の養子が実現し、秀秋の保身が図れたのは「黒田家の智恵」である。

一般に秀秋は暗愚であったと言わているが、仮にも秀吉より教育を受け、秀次の末路を見てきた人物だ。
期限付きの関白職など、何の魅力があろうか。まして、三成一党に囲まれてのである。
この状況下において、秀秋から見る行動判断の最大要因は、毛利の動きであったと見ている。
血縁関係は無いものの、小早川家は毛利の分家みたいなものであり、隆景以来の旧臣もまだ残っていただろう。

問題はタイミングなのである。

(つづく)

第一部はこちら
第三部はこちら
関ヶ原の戦い について(第一部) 7 years ago
-不明点の多い天下分け目の戦い-

一般に、天下分け目の戦いと称される「関ヶ原の戦い」であるが、実は意外と分からない事が多い。
今回は直江状に始まる上杉討伐、大垣城、関ヶ原での決戦について、三部に分け展開したい。
この戦において勝者敗者共、かなりの者が残り、多数の記録も残っているものの、不明な点は多い。
何故だろうか。

通常、歴史は勝者によって正当化され、そして創られていく。
そうした中、徳川政権にとって、これら一連の戦いでは表に出せない、深い負い目があったのだろうか。
巷には多くの解説書があったり、講談の書もあったりする訳であるが、ここでも1つの説を伝えたい。

Si-phonGameClubVol.3において、ゲームジャーナル32号をご紹介した。
この中において、『霧の関ヶ原』と題した「関ヶ原は遭遇戦であった」とする記事が掲載されている。
第二部以降はこの説を中心に、当方の意見も織り交ぜ展開していく事とする。

-太閤の死に始まる戦国ドラマのクライマックス-

織田信長の死同様、太閤の死も歴史を大きく動かす事となる。
その中心となるのは、最大勢力たる徳川家康であり、この人物を中心に戦国ドラマのクライマックスが始まる。

太閤が崩御した時点での、家康からみた他勢力の分類は、次の様なものであろうか。
 a.毛利・上杉・前田・宇喜多、などの大老格
 b.加藤、福島、黒田、などの朝鮮出兵組秀吉子飼い衆
 c.立花、島津、長宗我部、などの朝鮮出兵組外様衆
 d.石田三成をはじめとする、太閤奉行衆

家康から見て幸運なことに、太閤秀吉は、子飼いの武将にも奉行衆にも、特別大きな禄高を与えていない。
毛利に至っては、分家である小早川家へ、秀秋を養子として入れる事に成功し、分断化している。
そして、死の直前の大事業である朝鮮出兵をもって、出兵組と奉行衆の間に大きな亀裂が走っていた。
ドラマの主人公は、これらの要素を巧みに利用していく事となる。

-シナリオなのか絵巻なのか-

結果からいうと、新たな天下のシナリオを各々が書き始めるのであるが、どれも皆、空振りに終わった様だ。
家康でさえ、ジャストミートではないのである。むしろ、振り逃げで出塁できたに近いのではないだろうか。
だが最終的に天下餅を手にし、天下餅シナリオが作られ「勝者の絵巻」を完成させた。

まず奉行衆の筆頭たる三成であるが、奉行衆に強力な力はなく、大老達を何とかコントロールするしかない。
そして、秀吉子飼いの武将たちとの対立に、終始悩まされる事になる。

また最大の実力者である家康であるが、こういう時は、最大勢力である事が、逆に危険視される。
確実に生き残るには、最大勢力者ではダメで、絶対権力者でなければならない。
その為には、まず≪五大老のシステムを瓦解し≫他の大老格を追い落とさなければならないだろう。

-笑いが止まらない直江状-

家康の戦略は一貫している。
前田利家の死と共に、前田家へ対し圧力を高める。そして、最初に前田家が屈する。
その前に豊臣側で内紛が起こる。武断派と三成のいざこざである。笑いが止まらなかっただろう。

と、ここまでの間にも、毛利へ対する手はちゃんと打っている。まずは小早川。
朝鮮出兵後、減封処分をうけていた小早川秀秋を救済し、恩義を与えている。
吉川、小早川といった、毛利本家を取り巻く勢力の分断化の準備といった所だろう。

前田家の次の標的は上杉家である。すると案の定、若い上杉は動いてくれる。直江状の話である。
怒ったふりはするものの、これにも笑いが止まらなかったであろう。
しかも、秀吉子飼いの武将を指揮下に、ホームグランドへ帰れるのである。
こうして上杉包囲網を形成しつつ、地盤を固めていく。ここまで、家康が描くシナリオは順調であった。

-立てよ、豊臣恩顧の大名たち-

ここで、三成のシナリオが発動する。
が諸大名、豊臣に対する義理は感じても、それは三成に対するものではない。悲しいかな、動きは鈍い。

家康からすると、上杉家が残るか残らないか等という問題は、実はどうでも良い。
悪いシナリオの展開パターンは、上杉との戦いで徳川本隊が消耗する事である。
問題の本質からすると、上杉の力を削れれば良いのだから、戦わずに済むのなら、それに越した事はない。
今回形成された、反徳川軍へ勝利し、後で仕置すれば良いのである。

という所で西へ反転するのであるが、この時の気分は、源頼朝が佐竹へ対する警戒感と似たものだったろう。
歴史上、佐竹に関しては「眠れる獅子」で居続けるのだが、上杉という集団は「異質」である。
自らの損得関係なしに動く事もあり、注意が必要だ。
自国の事など関係なしに南下するかもしれない。そもそも会津は故郷ではないのだ。

大老格の家は、言わば全て家康の敵なのであるが、利家亡き前田家は、既に家康に屈している。
上杉は何を考えたのか、北へ向かった。罠なのだろうか。
残るは毛利である。江戸での家康は、この家の切り崩しに躍起になっていただろう。
秀吉子飼いの武将の多くは、反三成という所で一致した。

残る、立花、島津、長宗我部、などの朝鮮出兵組外様衆の取り合いでは、三成が勝った。
豊臣恩顧」のコピーが効いたのだろうか。

(第二部へつづく)

第二部はこちら
第三部はこちら
『鉄十字の軌跡』 とは 7 years ago
-鉄十字の軌跡それは老兵25年の軌跡-

Si-phonGameClubVol.3の中黒靖氏インタビュー記事のページへ、『鉄十字の軌跡』のジャケットを入れた。
中黒氏が著者でもないのに、と思われた方もいたかも知れないが、経緯については、書のあとがきに任せる。
また書のはしがきでは、スタート段階の出来事が、鹿内靖氏の言葉として語られている。

内容は大木毅氏が、勿論、一部手直しはされてるそうだが、かつてシミュレーター誌で掲載していた連載記事を中心に、
そして、もうひと方の著者、鹿内靖氏が各章、関連ゲームを取り上げる形で編集されている。
白地で右側に脚注が入っているページが大木氏、うっすらと灰色の下敷きが入っているページが鹿内氏のページだ。
サラサラっと見た限りでは、図や写真が多く、大変読みやすそうな仕上がり感である。

自費出版にて出そうとしていた事もあり、多分に≪この25年間が凝縮された≫濃い内容となっているのであろう。

-異様にトンガった外観-

では何故、この書のワンカットを入れたのかというと、まず、全てにおいて異様に、そしてトンガった所を感じたからだ。

まず、最初に目にしたジャケットデザインからそうだった。タイトルが異様に目立たない。そうしてサブタイトルの方が、
異様に目立っているのだが、でもココって、書店ではオビがついた場合、消えてしまう場所じゃないのだろうか。
通販ページではタイトルが目立たなく、店頭でもサブタイトルが殺されるデザイン。そう受け取ってしまった。
そこで、こういうジャケットデザインを選択した意図を、もの凄く知りたくなった。

次に版元のサンプルページを見た。図や絵も多く、大変見やすく感じる。
だが見える図は、昨今、多くの編集部で敬遠される兵科記号ではないか。確かに、版元はボードゲームの編集部である。
所でボードゲームとのジョイント商材って、一体どうなのだろう。今となっては、逆に目新しいのだろうか。

付録ゲームが無いという事は、読み物として勝負に出ているのは明白だ。
だがこういう構成を、ボードゲームユーザーが受け入れるのだろうか。しかも、そこを煽る何かを感じない。
ゲームとのジョイントという事で、新たな若いミリタリーファンの獲得を狙ったものだろうか。ここもよく分からない。

しかしながらサイトの情報からは、もの凄い出来であるかの様に感じる。この異様さに興味が湧いたのである。

興味は湧いたが情報が少ない。というより、分からない事だらけであった。
でも理由は分からないが、このトンガった書籍を≪ワンカットでも≫紹介する意義はありそうだとの想いが働いた。
という所でジャケット絵を入れたのだが、やはりタイトルが小さく目立たない。
ガツンとパンチの効いた一発コピーを入れたかったが、内容が分からず、結局、ありきたりのものになってしまった。

コピーについては、実は印刷ギリギリまで粘っていて、発売前のトークセッションでも求めたのだが、取れなかった。
当方も、まだまだ力不足である。

-偉容にヒネられた概観-

トークセッションにて、書籍が手に入ったその場で目を通した。すると偉容たる特徴が見えてきた。

スタートの章はマンシュタインである。戦史ファンやゲーマーの間では第一人者たる、凄く有名なドイツの将軍なのだが、
もしやミリタリーファンでさえ、知らない人もいるのではないだろうか。少なくともロンメルより、認知度は低い。
やはりゲーマーを狙った路線なのだろうか。

次に編集方法である。
人物や作戦毎に纏められているが、時系列には並んでいない。またマイナーな作戦記事が多い。
ある程度、戦史の流れを予備知識として持っていないと、書かれている内容を理解するのに苦しむだろう。
この類の趣味へ対し、興味を持ち始めた者を狙っては無さそうだ。

そしてその間で鹿内氏が繰り出す、関連ボードゲームの記事からくる≪懐かしさアピールの≫雰囲気。
やはりある程度、戦史知識を持ったゲーマーを狙ったものなのだろう。
それもちょっと古い≪80年代頃の≫ウォーゲームや戦史の知識を持っていると、面白く読めていけそうだ。

展開はというと、80年代の俗説へ対し、冷戦崩壊と共にリサーチしたデータを元に、時には著者が疑問を投げかけ、
時には新たな発見を織り交ぜ、その合間に、関連ゲームの話題で一息抜ける。このリズムが続く。
敷居は高そうだが、実はこういうものだと分かってかかると、案外、誰でも面白く読めるのではないだろうか。

-ウォーゲームを愛する者たちに、休息はなかったのである!-

ベルリンの壁が崩壊しソ連邦も解体。ワルシャワ条約機構であるとか、コメコンといった言葉も聞かなくなって久しい。
軍事的なパワーバランスという、緊張の糸が切れたのと時を同じくして、ウォーゲームから離れていった方も多いだろう。
だがこの間も、ウォーゲームを愛する者、戦史を研究する者は存在し続けた。

特に戦史を研究するには、新たな資料が世に出され、それまでの常識を覆す材料になるものも多い。
時には、この新たな発見によって≪それまで夢描いていた≫世界観が、どっと崩れ去る事もあるだろう。
でもこれは戦史を研究していく以上、仕方のない事である。というよりは、むしろ、喜ばしい事ではないか。
こうした新しい戦史研究により≪そのリサーチデータを元に≫新たなゲームも生まれるのである。

新たな切り口で表現されたゲームを手にする時、人は元からある知識が災いして、違和感を覚える事もあるだろう。
だが、その覚えたての違和感から手放す前に考えて欲しい。デザイナーが何故、そういった表現をしているのかを。
この書が世に出るまでの長き経緯を鑑みると、こうした資料たるべき記事になる事が目的だったのではないだろうか。

後から聞いた所で、ジャケットに関しては洋書を意識したものだという。
なるほど。この書は≪ウォーゲームを愛する者たちへ贈られた≫これまでの戦史研究の書なのである。
巷の商業主義の原理により、見た目の敷居を無理に下げる必要はないのだ。無論、読む事への敷居が高い訳でもない。
確かに少しもったいない気もしたが、この拘りへ対する、制作陣の熱い意気込みを代弁したい。

2010年8月12日、世の流れに埋もれる事なく、この書が生まれた事への喜びと共に。


ご購入


関連先リンク
鉄十字の軌跡(国際通信社)
Si-phonGameClubVol.3
Si-phon Game Club Vol.3 ご紹介 7 years ago
掲載内容
・Si-phon「戦ノ国(せんのくに)~もののふ絵巻~」+「もののふ焼酎」のご紹介
・Si-phon「戦ノ国(せんのくに)~もののふ絵巻~」プレイ風景
・白浜わたる氏の戦国コラム
・Si-phon「空母決戦」シナリオ追加キャンペーン
・国際通信社「日本機動部隊TASKFORCE」プレイ風景
・徳岡正肇氏の空母コラムとゲームコラム
・中黒靖氏のインタビュー
・コマンドマガジンのご紹介
・ゲームジャーナルのご紹介

■表紙
SGC003_01.jpg

■戦ノ国-もののふ焼酎・概略-
SGC003_02.jpg

■戦ノ国-プレイ風景-1-
SGC003_03.jpg

■戦ノ国-プレイ風景-2-
SGC003_04.jpg

■戦ノ国-プレイ風景-3-
SGC003_05.jpg

■戦ノ国-プレイ風景-4-
SGC003_06.jpg

■戦ノ国-プレイ風景-5-
SGC003_07.jpg

■戦ノ国-プレイ風景-6-
SGC003_08.jpg

■戦国コラム-室町幕府のしゃぶり方-
SGC003_09.jpg

■空母決戦-シナリオ追加キャンペーン-
SGC003_10.jpg

■日本機動部隊-8HEXの彼方へ、君の決断を解き放て-
SGC003_11.jpg

■空母コラム-前例なき戦闘 空母の戦い-
SGC003_12.jpg

■ゲームコラム-観客としてのプレイヤー-
SGC003_13.jpg

■インタビュー-中黒靖「シミュレーションは戦史の解釈」-
SGC003_14.jpg

■ご紹介-「コマンドマガジン」(国際通信社)-
SGC003_15.jpg

■ご紹介-「ゲームジャーナル」(シミュレーションジャーナル社)-
SGC003_16.jpg


ダウンロード
PDF版のダウンロードはこちら(ZIP形式)
JPEG版のダウンロードはこちら(ZIP形式)
ePub版のダウンロードはこちらから(Podcast形式)


関連先リンク
コマンドマガジン(国際通信社)
ゲームジャーナル(シミュレーションジャーナル社)


関連記事リンク
空母決戦シナリオ追加キャンペーン とは
ボードゲーム『日本機動部隊TASKFORCE』 とは
『コマンドマガジン』 とは
『ゲームジャーナル』 とは
『鉄十字の軌跡』 とは
ウォーシミュレーションゲームの将来 について


お取り扱い記事
2010年08月09日4Gamer.net様
『コマンドマガジン』 とは 7 years ago
-コマンドマガジンの特徴-

コマンドマガジンは、『ボードゲームや戦史に興味を持っている方向けのウォーゲーム専門誌』である。
長らくこの業界を支え続けている、中黒靖氏を中心とするコマンドマガジン編集部が受け持ち、隔月発行している。
コマンドマガジンの特徴は、幅広い情報を扱う点である。この点がゲームジャーナル誌との違いと言えようか。
幅広いコマンドマガジンと、奥深いゲームジャーナルという対極構造を思うに、往年のタクテクス誌とシミュレーター誌
を思い出させる。同様のジャンルを≪二誌・二極で≫分かち合う場合、自然とこういう構造になるのであろうか。

付録ゲームの魅力は、かつての名作の復刻が多い点である。
国内での入手が難しい海外ゲームのライセンス化も嬉しい所だ。勿論、オリジナルゲームもある。
マップやユニットといったコンポーネントの美しさが特徴で、特にユニットは、カッターラインすれすれの印刷も巧みである。

またコマンドマガジンは、多くの別冊シリーズを出している。
初めてサイトを訪れた方は、何を見れば良いのか分からないくらいの数である。
目的毎にシリーズ化されているもの、ジャンル毎にシリーズ化されているもの、復刻に特化したもの等など。
多くのジャンルを扱うにあたり、明確なシリーズを設けないと、ユーザー側へ伝わり難いという判断なのであろう。

-ウォーゲームハンドブック-

ウォーゲームについて基本的な知識とテクニックが手に入る」というのが『ウォーゲーム・ハンドブック2010』。
正式な発売日は2010年6月6日という事だが、実はこれに先立つこと2010年5月、東京浅草のイベントで登場した。
ちなみに、旧SPIのダニガン氏が出したものとは関係ない。

まず、付録ゲームは「ノルマンディー上陸作戦」(Destination:Normandy/DDH社)だ。
言わずと知れた、D-DAY/史上最大の作戦、という名でも有名な上陸作戦が素材である。
この作戦を扱ったゲームについては、名前を聞いただけで、ゲッソリする方が多いかも知れない。
だが、このゲームはなんと30~40分でプレイする事も可能なのである。だからといってチープである印象は全く無い。

はじめ、浅草のイベント会場でプレイ会を行うと話しを聞いた時は、無理じゃないのだろうかと思った。
だが、そこで目にしたのは、初めてウォーゲームをプレイしたという、多くの若い大学生風のユーザーたちであった。
また彼らの反応が、一様に「おもしろい」と言う。
ゲームの≪本来持っている≫面白さが伝わっている様だった。こういう反応は、傍から見ていても嬉しいものである。
実際、売上も好調の様で、こういった製品構成に需要がある、という事が証明できた事もまた嬉しい。

-ウォーゲーム日本史-

日本史に特化したシリーズである。季刊という事なので、年四回のリリースだ。
コンセブトは「読んで遊んで日本史を理解する、歴史解説書付きウォーシミュレーションゲーム」である。
特徴はブリスターパック。サイコロまでもが一緒なのも嬉しい。
また特徴なのかは分からないが、ヘックス戦に依存しないシステムが続いている。

2009年3月から続いているシリーズという事で、次第にタイトルも増えてきた。しかも全てオリジナルゲームである。
サイトの方でも、ビデオ素材を用いた導入方法など、手の入ったコンテンツが用意されている。

-ジャパン・ウォーゲーム・クラシックス(JWC)-

かつての名作を、何時でも何所でも買えるように」エポック社から出ていた名作シリーズの復刻を目指したものだ。
権利を保持している鈴木銀一郎氏の了解を得て、見事に実現したプロジェクトである。

弊社でも、この中の「日本機動部隊TASKFORCE」をお取り扱いさせて頂いている。
かつてよりウォーゲームの普及に尽力されてきた、鈴木銀一郎氏の作品に関われて、大変恐縮であるが、これからは
名を汚さない様、気をつけていかなければならない。そういう気持ちになれたのも、個人的な事ながら大きい。

-今後への期待-

かつて、模型誌から分かれたタクテクス誌が無くなり、もうかなりの月日が経つ。
子供の頃の記憶なので、結構、長く続いていた気もするのだが、数えてみるとそう長い期間ではなかったようだ。
そして訪れた冬の時代。多くのユーザーが離れていき、この間にユーザー人口も激減したと思われる。
だがそうした中にあって≪タクテクス誌の時代より長く発行を続け≫タイトル数も確保している点は驚愕の域だ。

恐らく編集部内では、苦しい戦いが続いているのかも知れない。
しかしながら、そうした姿勢があるからこそ、ユーザーも受け入れているのではないだろうか。
自身、数年前、久しぶりに出会った時の「まだ続いていたんだ」という思いを感じた、あの時の感動を思い出し、
できる事なら一緒に盛り上がっていきたいと思うし、その努力を続けていきたいと感じている。
日本機動部隊」や「鈴木銀一郎」氏と出会う事が出来たのも、何らかの縁であったのかもしれない。

話しを戻すと、現在コマンドマガジン編集部が取り組んでいる、多様なジャンル、多様なタイトル、アジア、世界の視点、
での展開は、是非、継続していただきたい。
その上で、冒頭の東京浅草でのイベントで起こった様な、イベントを用いた若い世代の獲得にも尽力していただければ、
この世界もまだまだ継続していけるのではないだろうか、そう感じている。
特に、かつてのブームを盛り上げたのは≪大学生を中心とした≫サークルの発生とその活動である。

2010年8月4日、露出を増やす事でウォーゲーム人口が広がるよう、期待を込めて。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10