Si-phon Game Club (SGC)Simulation Game & Column (SGC-シミュレーションゲームとコラム-)

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ドイツゲームとウォーゲーム について 7 years ago
-ドイツゲームとは何ぞや-

ドイツゲームと言うと「何それ?」って人も多い。
結論から言うと、ドイツで流行ったから、ドイツゲーム。
でも何故流行ったのかというと、これまたお国の事情も大きい。

まずWWⅡの敗戦によって、ドイツでは戦争表現の規制が著しく厳しい。
特に目立つデジタルゲームは、規制のターゲットにされている。
そこでゲームとしての表現を、色んな形に置き換える方法が育ったと思われる。
何所ぞの国のアダルトビデオと同じなんだろう。
人類の文化の傾向として、規制される方が、伝える努力をするものである。

ともあれ、そうしたゲームがアナログゲームとして制作され、ドイツで流行る。
ドイツで流行ったという事で、その他の地域へ伝わり、日本にも伝わる。
その最大の特徴は「目に残るビジュアル」と「明確なルール」の二本柱である。

ビジュアルにひかれて触ってみたいと思わせ、遊んでみるとプレイし易い。
勝利への道筋がわかり易く、特別難しい設定は無い。
特徴は「アナログゲーム王道の作り」であり、特殊な事は感じられない。
こうした特徴が浸透していった理由だろう。

当然、日本にも伝わり、アナログボードゲーム業界より広がっていく事となる。
そして、たちまちユーザー人口は増えた事から、いろんな思惑が加味する事となる。
ウォーゲームに取り入れられないかという思いも、そのひとつである。
考え方を取り入れる事で、面白くなるのではないか。
また、ドイツゲームユーザーを取り込めるのではないか。
当然ながらそうした思惑が生まれ、実践される事となる。

-ウォーゲームとは何ぞや-

ズバリ「戦争ゲーム」である。戦争モチーフの素材を扱って、ゲーム化される。
NATOマーカーと三種の数値が入ったユニットと、マップを用いるものが定番である。
今でも、WWⅡの独ソ戦ものは人気が高い。

歴史のifを体験するもの。史実性を再現するもの。仮想戦を設定するもの。
様々なジャンルやシステムはあるものの、極めてコアな要求を満たす必要がある。
プレイのモチベーションの源泉もそこにあり、要求を満たせない場合は拒否される。
そうした非常に「気難しいゲームジャンル」のひとつである。

その「気難しさ」に対しては、ボリューム感や凝ったシステムで補う場合も多い。
これは、ドイツゲームの王道の作りに対し、言わば、踏み外れた作り方とも言えよう。
ここが「ドイツゲームとの真逆の部分」である。

何を言いたいのかと言うと、適度に対戦する事だけがこのジャンルの世界観ではない。
プレイする、若しくはルールを読んでいる段階で、連想できる世界観も必要とされる。
もちろん「プレイアビリティを優先」すると、当然、対戦は容易になるだろう。
しかしその一方で「戦闘序列などを再現」した複雑なシステムも、一定の評価がある。

前者は、対戦相手との言葉のやり取りで、プレイの場が維持される。
モチーフに対する思いを口にし合う事で、その世界観が広がるのだ。
つまり、ここが複雑なシステムだと、その場の形成を阻害する邪魔ものとなる。

だが後者は、そうした対戦の場とは関係なく、システムから想像を膨らませる事となる。
モチーフを再現しているシステムが、世界観を自己形成する助力となるのである。
ここが単純すぎるシステムだと、チープな世界観に映ってしまうだろう。

-ドイツゲームとウォーゲームの融合性について-

およそ、ドイツゲームが持つシステムは、ウォーゲームに取り込む事が可能である。
但しやり方を間違うと、先に出したチープな世界観に陥ってしまう危険性が伴う。
だが、やり方さえ間違わなければ、ゲーム性を高める事が出来るだろう。
特に「対戦を重視したシステム」においては、有効な手法であると言える。

では逆に、ドイツゲームユーザーを、ウォーゲームへ取り込む事はどうだろうか。
これは-非常に困難な-難題だと感じている。

そもそもウォーゲームの魅力の源は、モチーフに対する思い入れの強さである。
これに興味が無い方でも、ゲームが面白ければ対戦はしてくれる。
でも、自ら率先してプレイするまでに至るには、敷居が高いだろう。

モチーフに対する思い入れの深さが薄いのだから、これは仕方がない。
むしろもっと面白いゲームは、世の中に多く存在する。
そうした方々のプレイの選択肢が、あえて「ウォーゲームである必然性」もない。

仮に、ドイツゲーム風のウォーゲームを作ったとする。
王道の作りを用い、目に止まるビジュアルと明確なルールも用いる。
だがモチーフに対する予備知識がないと、面白さは半減する。
またモチーフの再現性を求めると、システムが複雑になってしまう問題が乗じる。
結果、プレイすると面白い。でもそこで終わる。

-ウォーゲームの魅力とは-

ここまで展開してきたウォーゲームの魅力とは何だろうか。
 戦略級であるなら、戦力の生産と消耗のサイクル管理
 作戦級であるなら、戦線の維持と構築、戦力の投入、といった戦況図の世界観の体験
 戦術級であるなら、火力の集中とタイミングの読み合い
等など、以上の要素が挙げられるのではないだろうか。
これらを面白いと感じるから楽しいのであり、その楽しさを知っているから趣味となる。

ここで、ひとつ問題提起がある。
それは「簡単なゲームは初心者向きなのか」という問題である。
恐らく、ルールを覚えるという点では、間違いはないだろう。
たが、それが魅力へ繋がるかというと、疑問を持っている。

理由は、簡単なルールに落とし込むほど、上記の魅力が落ちると考えているからである。
だから「初心者向き」と銘打つゲームは、初心者に魅力を植え付けられない。
逆に、よくできた初心者向けゲームほど、何故かベテランに賞される。
という傾向を多く見る。

ここで例えば、作戦級のゲームで戦線を張り、第二戦線を構築し、予備兵力を集結させる。
そして、その予備戦力の投入場所を探し、投入する時期を見定める。
まさに戦況図を動かす手順である。
こうした一連の手順が出来るから、面白いと感じるのだろう。
または、そうした手順が連想できるから、興味が湧くと思われる。

ベテランのゲーマーであれば、モチーフに対する予備知識は豊富である。
簡素化された表現の中からも、知識や想像力が補填してくれる為、よく出来たとなる。
短時間で遊べるなら、これで良いとなるのだ。
でも初心者に興味を与えるなら、もっと豊富に表現している世界が必要ではないか。
だから「初心者向けゲーム」ほど、実は初心者への反応が鈍いと考えている。

-Si-phonBoardGameでは-

結論から申し上げると、ドイツゲームユーザーの獲得は、全く意識していない。
また、このシリーズで初心者の獲得というのも、全く意識していない。
このシリーズは「中難易度」を持つ「世界観重視」の路線を取ったからだ。
PCゲームでは、趣味の間口ゲームとして展開してきたので、次のステップに移った。

そもそもアナログの世界では、初心者向けとしたゲームが多くあった。
よって、Si-phonがそのジャンルへ突っ込む必要が無かった事も、理由のひとつだ。
逆にカードドリブンの採用や、ソロプレイが難しいゲームが増えた事の不満を耳にする。
だったら、その不満を取ったジャンルのゲームを提供しよう、という事でスタートした。

中途半端なのもどうかと思い、ソロプレイではなく、ソリティアとしたのもそうである。
またシークエンスも、単純そうに見せて、実は複雑な判定が絡んでいるのもそうだ。
サイコロ1回振って、それで終わりにしなかった理由は、実はここにある。

信玄上洛』で、敗走判定や、退却判定、参戦判定など行いつつ、その場を想像する。
戦力となる武士団と、エリアとしている土地の絡みから、当時の社会を連想する。
太平洋決戦』で、先攻後攻を決める艦隊戦から、当時の艦隊戦を連想させる。
空戦を経て、対空砲火を拭い、雷撃を食らわす事で、搭乗員の願いが伝わってくる。

こうした思いを再現しようとすると、ドイツゲームのシステムでは力不足であった。
わかり易いシステムが仇となるのだ。
だから変な欲は捨てて、ガチでその世界観を表現しようとなった。
もちろん、対戦型のゲームであれば、シークエンスはもっとスッキリさせる。
そこで「失う思い」は、対戦者との「会話の中で補える」からだ。

こんな変なシリーズではあるが、多くのご支援を頂いけた事で、展開を続けられている。
今後もこうした路線は継続していたきたい。

2012年3月10日、太平洋決戦の発売前に、何が提供できるのかを考えてみる。


<関連リンク>
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