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『戦ノ国~もののふ絵巻~』 とは 9 years ago
-パワーゲームからの脱却-

2010年9月30日発売の『戦ノ国~もののふ絵巻~』であるが、スタートしたのは2008年11月である。
初版『空母決戦』の発売日が2009年3月なので、その前からのスタートなのだ。
という所で、開発コンセプトにおいては、似通っている部分も多い。

まずゲームは好きだが、現在やめてしまっている方々の「趣味への復帰」を促せるものである事。
そして歴史とシミュレーションが好きである方々へ、「なるほど」と思わせる事。
この両立を目指してスタートした。

自身、かつては光栄さんの『歴史三部作』をプレイして育った。
最初に買った『信長の野望』など、なんとカセットテープ版だった。ロードにも、凄く時間がかかったものである。
当時のバージョンは「オダ」と「タケダ」の2つの選択肢だったので、武田プレイを楽しませてもらった。
ハードの問題などから制限も多かったのだが、長いロードの待ち時間さえも、ワクワクしたものだ。

そして年々ハードウェアは進化し、それに比例する事、ソフトウェアも進化していく。
制限が開放される事からくる「仕様の進化」に、ユーザー側のワクワク感も増大する。
この頃は、たとえプレイに数十時間かかろうが、面倒なルールが追加されようが、全く気にならない。
だが社会へ出ると、ゲームへ費やせる時間は、次第に無くなっていくものである。

それでも新作が出ると、何時かはプレイするだろうと思い、ついつい購入してしまう。
チョイプレイくらいは、やれる事もある。
しかし、マシンスペックが追いつかなくなると、起動すらままならない。
購入さえも断念する日がやってきて、悲しい出来事であるが、趣味で無くなる日がやってくる。
社会人の趣味として復活させたい思いもあり、今回も『空母決戦』同様、ここへ手を入れる事となる。

-偉大な先人の軌跡-

光栄さんが続けていた『歴史三部作』へ話しを戻そう。国内SLG市場を開拓してきた、素晴らしいシリーズである。
きっと現在も根強いファンがいて、シリーズを支えてくれている事だろう。

分かり易いコマンド体系と、そのコマンドを選択した時のリアクションの処理。
これは、他の何所にも追随を許さない、素晴らしい出来であった。
他社の製品にて、コマンドポイントを消費するシステムを使ったものがあった。
確かに凝ったシステムなのだが、そのポイント内で何がどれだけ可能なのか、それが先読み出来る様にならないと、
そのゲームの楽しさが全く伝わらず、ただ面倒なだけのゲームに終わってしまったユーザーも多い。
こうした基本的な処理に対しても、易しく、手の込んでいた事が、光栄がユーザーの心を掴んでいった理由なのだろう。

もう一つ、光栄さんの素晴らしい所がある。
長くシリーズを続けていても、ユーザーのプレイスタイルは継続させているのだ。
新しく出たシリーズ新作でも、ちゃんと前回までのプレイ知識が役に立つのである。

信長の野望』なる偉大なシリーズで例を出してみる。
国が増え、人材、城、道具、軍団、道など、フレーバーとなる要素が次々と追加されていく。
しかしながら、フレーバーへはちゃんとその役割を与えた上で、基本たるプレイスタイルはシリーズ通して維持している。
この姿勢を維持する事は、実は、凄い事だと思う。通常、ここが結構ブレるものなのだ。

ただし、このプレイスタイルがブレない事は、安心感と同時に「マンネリ感」をも持ち合わせてしまう。
その感情を打ち消す為にも、フレーバーの役割は大きくなっていってるのだろう。

-新しい戦国観の導入-

そういった、偉大なシリーズが君臨するジャンルへ進出する時に、何を行うべきであろう。
まずは、現在のゲーム界を「支配している戦国観」をどうするのか。そこが問題である。

現在の戦国ゲーム観を支配しいるのは、主に戦国時代としては特殊な「織田家のシステム」に乗っかったものである。
(この件については長くなるのでまたの機会に申し上げたい)
更にいうと、30年ほど前の学術に基づいていて、浸透しているが為に抜け出せない「ジレンマ」もあるのだろう。
何故なら、最新の学術を持ち込んだとして、ゲームとしての面白さに繋がるとは限らない。
最新の学術というのは、江戸時代の講談以来、築きあげてきた面白さの世界を奪うものも多いのだ。

-戦ノ国が目指したもの-

今回、戦ノ国で行う「パワーゲームからの脱却」であるが、これは重厚長大だけを指すのではない。
従来、この世界を支配してきた「お金と兵力で押し切るだけの世界観」からの脱却も目指している。

まずは「外交」という所へフォーカスを持っていった。
合戦」はあくまで外交の切り札の1つ、という認識である。
戦闘を続けると、その国が疲弊するのは明白なのであるが、ここへ目を向けたゲームにしたかった。
勿論、いばらの道であるが、合戦のみで戦国を終わらせる事も可能ではある。

また、それまでのプレイ結果をどういった形で終わらせ、そして表現するか。
まず「戦国時代の終わらせ方」について、必ずしも、全てのマップを制圧する必要性を無くした。
どうせ最後の方は、面倒な作業だからある。この縛りを無くす事で、様々な統一方法を持ち込めた。

従来のゲームの様に、全ての国を武力制圧してもよいし、同盟を駆使して早期に統一してもよい。
また、室町幕府の再興を助ける様なプレイスタイルも可能であるし、片田舎でコソコソ過ごしてもよい。
という所で、たとえ覇者とならなくても、プレイを終える事をも可能とした。

これら、様々なプレイスタイルの結果の表現として、「もののふ年表システム」をご用意する事となる。
この年表には、時系列にプレイした戦記が載るのであるが、その後の世界もご用意している。
特に権力者としてより、敗者の部類で終わる場合において、より様々なエピソードが入っている。
長いゲームにありがちな「勝てないからリセット」しなくとも、遊べる要素にしたつもりだ。

金と兵糧を併せ持つ「」という概念をゲームに用いているのであるが、シビアな設定とした。
消耗した兵力の回復も同様、シビアな設定である。
戦争するにはお金がかかるし、国も疲弊する。簡単には回復できない。という表現だ。

また「国の安定度=掌握度という概念」を「治安」という表現で表した。
国を取ったから、その国全て100%を支配している訳ではない、という表現である。
支配できていないという事は、その地の「地侍」が敵につくかも知れないし、兵の「動員率」も落ちるのである。

それと「外交」していく上で、従来「同盟破棄」時に発生していたペナルティを軽減した。
武田義信事件が、モロに影響してのペナルティという反映だったのだろうが、実際どうだったのか。
このペナルティを軽減する事で、より流動的な展開と、強いては戦国らしさを出したかった。

更に「内政」システムは、できるだけ簡素にした。
直営国が増えてると、効率が悪くなる。有名な戦国大名といえど、スーパーマンではない表現だ。

などとこれまで、あまり「目を向けられなかった戦国観」の部分へも、光を当てたつもりである。
表現方法が地味である感は否めないのだが、こういうゲームが、世に出されたという事をアピールしたい。


2010年9月30日、周囲の多大なお励ましの中、戦ノ国が発売された事の記念として。


関連リンク
戦ノ国~もののふ絵巻~

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