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関ヶ原の戦い について(第一部) 9 years ago
-不明点の多い天下分け目の戦い-

一般に、天下分け目の戦いと称される「関ヶ原の戦い」であるが、実は意外と分からない事が多い。
今回は直江状に始まる上杉討伐、大垣城、関ヶ原での決戦について、三部に分け展開したい。
この戦において勝者敗者共、かなりの者が残り、多数の記録も残っているものの、不明な点は多い。
何故だろうか。

通常、歴史は勝者によって正当化され、そして創られていく。
そうした中、徳川政権にとって、これら一連の戦いでは表に出せない、深い負い目があったのだろうか。
巷には多くの解説書があったり、講談の書もあったりする訳であるが、ここでも1つの説を伝えたい。

Si-phonGameClubVol.3において、ゲームジャーナル32号をご紹介した。
この中において、『霧の関ヶ原』と題した「関ヶ原は遭遇戦であった」とする記事が掲載されている。
第二部以降はこの説を中心に、当方の意見も織り交ぜ展開していく事とする。

-太閤の死に始まる戦国ドラマのクライマックス-

織田信長の死同様、太閤の死も歴史を大きく動かす事となる。
その中心となるのは、最大勢力たる徳川家康であり、この人物を中心に戦国ドラマのクライマックスが始まる。

太閤が崩御した時点での、家康からみた他勢力の分類は、次の様なものであろうか。
 a.毛利・上杉・前田・宇喜多、などの大老格
 b.加藤、福島、黒田、などの朝鮮出兵組秀吉子飼い衆
 c.立花、島津、長宗我部、などの朝鮮出兵組外様衆
 d.石田三成をはじめとする、太閤奉行衆

家康から見て幸運なことに、太閤秀吉は、子飼いの武将にも奉行衆にも、特別大きな禄高を与えていない。
毛利に至っては、分家である小早川家へ、秀秋を養子として入れる事に成功し、分断化している。
そして、死の直前の大事業である朝鮮出兵をもって、出兵組と奉行衆の間に大きな亀裂が走っていた。
ドラマの主人公は、これらの要素を巧みに利用していく事となる。

-シナリオなのか絵巻なのか-

結果からいうと、新たな天下のシナリオを各々が書き始めるのであるが、どれも皆、空振りに終わった様だ。
家康でさえ、ジャストミートではないのである。むしろ、振り逃げで出塁できたに近いのではないだろうか。
だが最終的に天下餅を手にし、天下餅シナリオが作られ「勝者の絵巻」を完成させた。

まず奉行衆の筆頭たる三成であるが、奉行衆に強力な力はなく、大老達を何とかコントロールするしかない。
そして、秀吉子飼いの武将たちとの対立に、終始悩まされる事になる。

また最大の実力者である家康であるが、こういう時は、最大勢力である事が、逆に危険視される。
確実に生き残るには、最大勢力者ではダメで、絶対権力者でなければならない。
その為には、まず≪五大老のシステムを瓦解し≫他の大老格を追い落とさなければならないだろう。

-笑いが止まらない直江状-

家康の戦略は一貫している。
前田利家の死と共に、前田家へ対し圧力を高める。そして、最初に前田家が屈する。
その前に豊臣側で内紛が起こる。武断派と三成のいざこざである。笑いが止まらなかっただろう。

と、ここまでの間にも、毛利へ対する手はちゃんと打っている。まずは小早川。
朝鮮出兵後、減封処分をうけていた小早川秀秋を救済し、恩義を与えている。
吉川、小早川といった、毛利本家を取り巻く勢力の分断化の準備といった所だろう。

前田家の次の標的は上杉家である。すると案の定、若い上杉は動いてくれる。直江状の話である。
怒ったふりはするものの、これにも笑いが止まらなかったであろう。
しかも、秀吉子飼いの武将を指揮下に、ホームグランドへ帰れるのである。
こうして上杉包囲網を形成しつつ、地盤を固めていく。ここまで、家康が描くシナリオは順調であった。

-立てよ、豊臣恩顧の大名たち-

ここで、三成のシナリオが発動する。
が諸大名、豊臣に対する義理は感じても、それは三成に対するものではない。悲しいかな、動きは鈍い。

家康からすると、上杉家が残るか残らないか等という問題は、実はどうでも良い。
悪いシナリオの展開パターンは、上杉との戦いで徳川本隊が消耗する事である。
問題の本質からすると、上杉の力を削れれば良いのだから、戦わずに済むのなら、それに越した事はない。
今回形成された、反徳川軍へ勝利し、後で仕置すれば良いのである。

という所で西へ反転するのであるが、この時の気分は、源頼朝が佐竹へ対する警戒感と似たものだったろう。
歴史上、佐竹に関しては「眠れる獅子」で居続けるのだが、上杉という集団は「異質」である。
自らの損得関係なしに動く事もあり、注意が必要だ。
自国の事など関係なしに南下するかもしれない。そもそも会津は故郷ではないのだ。

大老格の家は、言わば全て家康の敵なのであるが、利家亡き前田家は、既に家康に屈している。
上杉は何を考えたのか、北へ向かった。罠なのだろうか。
残るは毛利である。江戸での家康は、この家の切り崩しに躍起になっていただろう。
秀吉子飼いの武将の多くは、反三成という所で一致した。

残る、立花、島津、長宗我部、などの朝鮮出兵組外様衆の取り合いでは、三成が勝った。
豊臣恩顧」のコピーが効いたのだろうか。

(第二部へつづく)

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