SGC別冊総統指令発売記念号反省会

最大の反省点はアプリの配信が出来ていない事で
Si-phon初の出来事となりしまた
桶狭間の時もそうだったのですが
ボタン型UIの相性があまりよくなくて
開発が遅れています
その前の姉川(未配信)はひと月で組めていたので
今後どうするかを検討しています
冊子の内容に関しましては
流石に独ソ戦全体を4~6ページで表現する事は難しく
8ページを割いて解説しました
それでも削ったトピは多く
ドニエプル川の戦いも端折られた箇所となります
展開方法としましては
軍集団別に解説したのですが
これは軍集団・軍・軍団・方面軍など
似た様な言葉が多く出てくる事がわかり難く
敷居を上げている気がしていたので
軍集団単位でまとめる事で
最低でも軍集団という単位を認識でき
それを構成する軍という単位を認識してもらう
(うちのスタッフも含めてですが)
その中で東部戦線の流れを認識してもらう
という主旨で編集しました
ウォーゲームの冊子でなければ
単純に時系列でまとめていたと思いますが
これもウォーゲームの冊子だから出来た事で
出来てしまえば
分かりやすく纏まったかなと感じています
いろんな戦いの詳細は
コラムやムック(作るかは全くの未定)で
やれればいいなぁというところ
ゲームの内容はサイトで補完します

無事に退院しています

昨日無事に退院いたしまして
現在は長崎で作業を続けています
昨日は朝から耳鼻科の治療を終えて
帰社するスタンバイをしていたところ
今度は循環器系の別の先生がやってきて
(入院を続けた上で)
次の日に検査をしたいと申し入れされたものの
そこから更に続く検査の日数など考えると
流石に出先でそこまで時間は取れない事と
月末という事もあり急ぎ戻ってきた次第
花粉以外に例年より早く黄砂も出ているので
これらも影響したのかもしれません
先週はとくかくクシャミの回数が多かったのと
電気カーペットの上で犬と一緒に寝ていて
喉と鼻を乾燥させた日が続いたりなど
思い当たる節はいろいろあります
今後は更に忙しくなるので
体調管理には十分気をつけます

数日業務が遅れます(入院の為)

新着情報のとおり
昨日より出先で緊急入院する事となり
一部の業務が停滞しております
まことに申し訳ございません
鼻血が二時間ほど止まらずに病院へ行く事となり
途中のファミレスや文具屋さんを汚したまま
こちらへもご迷惑をおかけしてしまいました
出先という事もあり
本日には退院して帰社する予定ですので
遅れているスケジュールを調整します
なお新着情報にもありますが
澪(MIO)さんで来週発売されるタイトルは
(神足町人妖譚 ~迷イ子ノ章~)
全てのデータと資材を納品しておりますので
こちらの遅れはございません
総統指令につきましては後日発表します

護衛艦きりさめがやってきた

近くに護衛艦きりさめが来てたので
昼休みを使って出てきていたスタッフと一緒に
乗船しに行きました
いろんな表示物の文体や塗装の質感など
実際に見たり手にしたりする事は
こまあぷの作業でも今後の役に立つかな
という事で総勢4名で行きました
ランタンフェスティバルが開始されている事もあり
電車は人が多かったものの
護衛艦ではほど良い人出で助かりました
(天気が微妙だったのも結果として良かったかも)
残念だったのは海軍カレーが無かった事
実は食べた事がないので
今後機会があれば是非食してみたい
護衛艦きりさめ
(護衛艦きりさめ_4400t)

ベルリン陥落(東部戦線1945)

バクラチオン作戦(東部戦線1944)の続きです
ソ連軍の怒涛の攻勢により
また米英軍の西からの進撃もあり
ベルリンは1945年5月に陥落してドイツが降伏
第二次世界大戦が終息します
(太平洋戦争はこの年の8月まで継続)
一般的にソ連軍は米英軍に先駆けて
ベルリンの攻略を急いだイメージですが
この頃のソ連軍の動きは政治的にもしたたかです
まず大戦前の国境をある程度回復したソ連軍は
ドイツ本国への侵攻を急がず
この方面はポーランドのワルシャワで停止
あくまで解放者はソ連軍である事の意思表示なのか
1944年夏に発生したポーランドの蜂起軍を見捨てます
(ワルシャワ蜂起)
そして枢軸側へ参加していた東欧諸国へ進路を取りました
その前年1943年にイタリアを降伏させた米英軍は
1944年にフランスを解放しベネルクス三国へ進みます
(ベルギー・ルクセンブルク・オランダ)
しかし英軍を中心としたオランダへの空挺作戦に失敗
戦線は膠着状態となっていました
(マーケットガーデン作戦)
この隙を突いて東部戦線からも部隊を引き抜き
1944年12月に米英軍への反攻作戦が開始されました
(バルジの戦い)
当初は攻勢に成功したドイツ軍も
天候が回復し制空権が米英軍に戻ると次第に苦戦
結局はこの反攻作戦も頓挫しました
そしてこの時期にソ連軍が東欧諸国へ進撃します
ドイツ軍は枢軸諸国への援軍を出しますが
1945年1月にルーマニアの救出作戦に失敗
(プダペスト救出作戦)
1945年3月にはハンガリーでの反撃に失敗
貴重な装甲戦力を消耗していきます
(春の目覚め作戦)
こうしてベルリンを守る戦力を失ったドイツ軍は
4月からベルリンで市街戦が生じ
5月に降伏する事となります
この後の東欧諸国はソ連邦の衛星国となり
後の冷戦時代に東側陣営として組み込まれました
(ワルシャワ条約機構)
ロシア・オーストリアの両大国がひとつの陣営として
英仏(米が追加)と対する構図は現在もあまり大差なく
その間に位置するプロイセン(≒ドイツ)が
第三極としてどちらの陣営につくかで優位性は変化
また単独で動くと東西両陣営に挟まれて窮地に陥る
(フリードリヒ大王ビスマルクヒトラーの時代)
これがドイツの歴史になっています
ちなみに第三極とされるドイツに
第一次世界大戦第二次世界大戦にて
ドイツ側として参加したイタリアを加えると
これは神聖ローマ帝国(第一帝国)に相当します
(赤髭王バルバロッサの時代)
それを考えるとヨーロッパの歴史は
中世から現代まであまり大差はないかと感じます
(何かに続くかも)

SGC別冊総統指令-Unternehmen BARBAROSSA-発売記念号

SGC号外「総統指令」発売記念号のデータを
サイトにアップしました
(ページはこちら)
ただし大変申し訳ございませんが
肝心のアプリの配信ができておりません
前回より採用したボタン型UIが
Uintyのバージョンにより相性が出ている事と
動作しない機種が確認されている事から
テストと調整を続けております
本日公開しましたデータにつきましては
印刷物の冊子が配布されている事から
配信データもサイトアップした次第です
アプリ配信日につきましては来週中にご報告致します
総統指令

バクラチオン作戦(東部戦線1944)

ツィタデレ作戦(東部戦線1943)の続きです
バクラチオン作戦は1944年のソ連軍反攻作戦です
1941年冬と1942年冬の反攻作戦は
火力不足と経験不足もあり
ドイツ軍に退けられたソ連軍ですが
1943年になるとドイツ軍と互角に戦い始めます
クルスクの戦い(ツィタデレ作戦)の後
戦線はドニエプル川を挟んだ形で推移しますが
こちらの戦いでも次第に優位な状態へ移りました
(ドニエプル川の戦い)
そして1944年になると火力不足も経験不足も克服し
逆に消耗していたドイツ軍を圧倒する形で
大規模な反攻作戦が始まります
(バクラチオン作戦)
またドイツのバルバロッサ作戦の6月22日に合わせて
同日を作戦開始日としていた点などが
ソ連軍の意気込みを感じさせます
またこれまでの局地的な反攻作戦ではなく
東部戦線のほぼ全的で同時に開始した事で
戦力が乏しくなったドイツ軍は為す術も無く後退し
戦線は押し切られていきました
また同じ1944年6月には西部戦線においても
フランスノルマンディー地区へ上陸作戦が開始され
ドイツ軍は東西同時に大規模な反攻作戦を受けた事で
戦線は次第に国境付近へ押し戻されていきました
(ベルリン陥落へ続く)

Unityのバージョンアップに苦戦

総統指令のリリース時期に差し掛かっているのですが
Unityのバージョンアップに苦戦しています
今年に入ってから最低二回はバージョンアップしてますが
内部的に何かが変わっているらしく
Android機によって動作したり動作しなかったりと
症状が中々落ち着きません
どのバージョンでビルドするかという問題もありますが
どれも一長一短でして
本日の状態をもってあと少し調整する事を確定しました
正式なご案内は後日行いますが
そう長くはならないと思いますのでご了解下さい
なおSi-phonGameClub号外総統指令号は
既に印刷も終えておりまして
サイトでの公開も2月20日に予定しております
こちらはアプリのリリース前であっても
独ソ戦のご紹介でもあるのでそのまま公開する予定です

ツィタデレ作戦(東部戦線1943)

青作戦(東部戦線1942)の続きです
ツィタデレ作戦(ドイツ名:UnternehmenZitadelle)は
1943年のドイツ軍反攻作戦です
前年の冬の嵐作戦の後
ロストフへ後退したドイツ軍は
ドン軍集団とA軍集団とB軍集団の残存戦力を統合し
再び南方軍集団となり戦線を構築します
(形式的に一部戦力がA軍集団として残される)
こうしたドイツ軍に対してソ連軍は攻勢を仕掛けますが
マンシュタインの巧みな機動防御戦術でこれを撃退
(第三次ハリコフ攻防戦)
勢いづいたドイツ軍は更なる反撃を計画しました
これがクルスクのソ連軍突出部を南北から挟撃する
7月に開始されたツィタデレ(城塞)作戦と呼ばれるものです
この作戦でドイツ軍は中央軍集団が北から南下
南方軍集団が南から北上するという両軍集団の共同作戦で
この作戦には新型のパンター戦車など
再編された多くの装甲打撃戦力が投入されました
この戦いはクルスクの大戦車戦とも言われます
しかし陣地化されたソ連軍に対し
攻撃をかけたドイツ軍は大きな損害を出してしまい
早々と作戦は中断されました
再編された戦力を失ったドイツ軍は
この後のソ連軍の圧倒的な攻勢を防ぐ事が難しくなります
また同時期
北アフリカのドイツ軍もチュニジアで降伏した為
連合軍はイタリアへ上陸作戦を開始します
(7月にシチリア上陸→9月にイタリア本土へ上陸)
更に11月になるとイギリス・アメリカ・ソ連の首脳が会談し
その内容は大戦の終わり方と戦後処理の協議となりました
(テヘラン会談)
こうしてドイツ軍は東西で苦戦を強いられる様になっていきます
(バクラチオン作戦へ続く)

切符を右手に(士官学校&ゲームマーケット大阪2015)

なんたかんだで一年ぶりとなりますが
今月末にはウォーゲーム士官学校
その翌日にはゲームマーケット大阪2015と
二日続けてのイベントの為
これは行かねばという事で切符を取りました
最近はアナログゲームからも遠ざかっている為
最初に行われる士官学校では
ウォーゲーム日本史の何かでもプレイできれば
と考えていますが
プレイできればSi-phonNewSか何かでも
記事にしたいと思います

青作戦(東部戦線1942)

バルバロッサ作戦(東部戦線1941)の続きです
青作戦は(ドイツ名:UnternehmenBlau)は
ドイツの1942年ソビエト侵攻作戦です
前年のタイフーン作戦の頓挫により
モスクワ制圧をあきらめたドイツは
翌年夏前のセバストポリ要塞を攻略後
黒海周辺の掌握を目指し
打撃力行使の矛先をこの方面へ向けました
目的はトルコの陣営参加を促す目的があったとも
石油資源を絶つ事でソ連の降伏を促すとも言われ
この方面の南方軍集団が作戦の主軸となります
北方軍集団と中央軍集団の戦線は硬直化していた為
再編戦力は南方軍集団へ集中的に配備されました
その南方軍集団は二つの軍集団へ分割されます
 A軍集団の戦力は約100万
 B軍集団の戦力は約30万
まず主力のA軍集団は黒海沿いに進み
ロストフから南下してカスピ海方面へ
B軍集団はその北側(モスクワの南側)を通り
スターリングラードを目指すルートとなりました
しかしここでも前年と同様の事態が生じます
北方ルートのB軍集団はモスクワの南に位置する
ホロネジで集結していたソ連軍を撃破
そのままスターリングラードを目指しました
ところがA軍集団がロストフの攻略に手間取り
B軍集団の一部が援軍として向かう事になりました
結果スターリングラードを攻略する戦力は半減し
都市を制圧できずに市街戦で戦力を消耗します
またロストフを攻略後のA軍集団は
そのままカスピ海方面へ進みましたが
補給が続かず燃料不足で進撃は停滞してしまいます
この状況下でソ連軍の反攻作戦が開始されました
(ウラヌス作戦)
前年より打撃力が増大したソ連軍は
スターリングラードを包囲していたB軍集団を襲い
逆に包囲してしまいました
この事態からA軍集団も包囲される危険性が高まり
A軍集団の撤退とB軍集団を救出する為
新たにドン軍集団が編成され反攻作戦が発動されます
(冬の嵐作戦)
包囲されたドイツ軍の救出はできませんでしたが
A軍集団の撤退は成功し
追撃してきたソ連軍を撃退できた事から
ドイツ軍は戦線の再構築に成功し
翌年再び反撃の作戦を立てる事となります
(ツィタデレ作戦へ続く)

サイフォンボードゲーム研究会(2015/02/14)

先日空き時間でマグネットのガザラを試作したので
今後の展開をどうするか考えました
マグネットなので空母決戦1942のようなスタック系がNG
また総統指令のような補給やステップロスの概念もNG
と言うことでガザラ系のルールで固めて
ゲームを作ってみようかとなりました
問題はアナログ寄りで作るかデジタル寄りにするかですが
アナログ寄りでは互いのプレイバランスが悪いと破綻します
またデジタルでは時間軸と共にプレイヤーの成長がないと
(コマンドを叩く回数に比例して勢力が成長する等)
受け入れられ難くアナログ版との大きな違いとなります
艦これでも空母等がプレイヤーの意思で撃沈を免れるのは
この事から生じている打開策だと思われますが
RPGでは許されてもSLGでそれやると萎えるユーザーも多い
こうした違いがあるので
アナログ・デジタルの双方に受けるゲーム作りは結構難しく
デジタルゲーム創世記にはアナログ移植が流行りましたが
月日が経つと次第に別系統へ移行した遠因となります
現在制作中の総統指令ではシーソーゲームをデジタルでやる
というある意味危険な橋を渡っているのですが
これができるのも「こまあぷ」だからかなと感じています
普通のゲームメーカーであれば
成長要素を追加したりコレクション性を取り入れたり
キャラ要素を高めて販促要素としますが
こまあぷでは本筋のシミュレーション要素から外れない事で
シリーズ展開していきたいと思います

バルバロッサ作戦(東部戦線1941)

第二次世界大戦(1939~1945)の続きです
バロバロッサ作戦はドイツのソビエト侵攻作戦です
この独ソ戦は東部戦線とも呼ばれ
それまでのドイツの侵攻作戦とは規模も時間も
大規模なものとなりました
その当初の侵攻作戦がバルバロッサ作戦とされます
それまでのドイツの侵攻作戦は
ポーランド戦にしろフランス戦にしろ
数週間程度で首都を陥落させて降伏させていました
日数を必要としたのは北欧ノルウェーの作戦ですが
それでも2ヶ月で終了しています
これらに対しヒトラーはソ連邦の広さと規模から
今回の侵攻作戦は半年ほどかかると見積もったのか
300万規模の軍隊を3つの軍集団に分けて編成します
 北方軍集団(攻略目標:レニングラード)
 中央軍集団(攻略目標:モスクワ)
 南方軍集団(攻略目標:黒海)
そしてこの作戦は1941年5月開始予定とされました
しかしながらバルカン半島への軍事介入と
枢軸側として参戦したイタリア軍の不手際から
北アフリカへ部隊を派遣する事となり
作戦開始がひと月遅れる事となります
それでも作戦開始時は順調に侵攻作戦は進みます
北方軍集団はバルト三国を抜けレニングラードへ
中央軍集団もミンスクを制圧しスモレンスクへ
順調すぎるくらいの進撃を続けました
ところが南方軍集団は強固に抵抗するソ連軍を前に
キエフの攻略に手間取り
中央軍集団の応援を得る事となりました
モスクワ前面まで到達しようとしていた中央軍集団は
こうしてキエフへ反転する事となります
よってキエフは無事に攻略できたものの
モスクワの攻略作戦が遅れてしまいました
結果として冬将軍の到来と共にモスクワの攻略は失敗し
(モスクワ攻略作戦:タイフーン作戦)
黒海沿岸のセバストポリ攻略も越年してしまいました
こうして独ソ戦は4年に及ぶ長期戦へ突入していきます
(青作戦へ続く)

コマンドマガジン121号

来週2月20日にコマンドマガジン121号が発売されます
(ページはこちら)
付録ゲームは「バトルアクス作戦」「ガザラの戦い」
2in1となっております
「ガザラの戦い」は「こまあぷ」でも展開した
ロンメルのトブルク強襲作戦です
「バトルアクス作戦」はその直前
イギリスの反攻作戦となっております
この反撃で快進撃を続けていたロンメルは
エルアゲイラまで後退
体制を整えてガザラの戦いが開始される
という展開が北アフリカの戦いとなります
それと前号から表紙が写真モチーフへ変更した模様
コマンドマガジン121号

第二次世界大戦(1939~1945)

アドルフヒトラーからの続きです
第二次世界大戦は第一次世界大戦があるから
そう呼ばれるのですが発生源は異なります
繋がりがあるとすればそれはベルサイユ条約の下
厳しい制限を受けたドイツの反発がその源であり
ドイツの主権回復から発展していきます
当初ドイツの主権回復の段階では
英仏も大目に見ていた節はありますが
ドイツがポーランドの主権に踏み込んだ所で
英仏がこれに反発し大戦へ発展していきます
またドイツがソ連へ侵攻するまでは
独ソの関係は表向き良好だったと考えられています
ドイツはこの後デンマークを制圧しノルウェーへ侵攻
イキリスはノルウェーを支援し抵抗を続けますが
ドイツがフランスへの侵攻しこれに勝利
イギリス軍はダンケルクから本国へ撤退します
この事態にイギリス軍はノルウェーからも撤退
更にイタリアがドイツ側として参戦し
北アフリカのイギリス領へ侵攻しました
この後ドイツはソ連へ侵攻(1941年)
この年の末には日本もドイツ側としてアメリカへ参戦
再び世界規模の大戦へ発展していきました
しかし1942年を境に1943年からは連合軍側が圧倒し
最初にイタリアが枢軸側を離脱
1945年4月にドイツが降伏
8月になると日本も降伏しました
こうして大国同士の戦争は終わりましたが
この後の元植民地では独立運動が高まり
それを支援する形で代理戦争の時代へ突入していきます
(バルバロッサ作戦へ続く)

ソリティアシステム再び

ただいま総統指令を追い込んでいますが
配信と同時に桶狭間のAIへ移ります
またその後は総統指令のAI実装となり
これまでとは異なるAIシステムを考案中
基本的に信玄上洛のシステムを改良し
ヘックス戦型の行軍システムに仕上げる予定ですが
総統指令ではうまく実装できそうな感じです
桶狭間の織田軍が防戦一方なので
(防御戦しながら義元の討取りを目指すタイプ)
うまく機能するか分かりませんが
こちらが先に予定される為
対策を考えています
目指すのはヘックス戦エンジンの確立

アドルフヒトラー

第三帝国(DrittesReich)からの続きです
アドルフヒトラーについてですが
若い頃から保守系思想に取り込まれていきます
そうして1923年ミュンヘン一揆を首謀したとして投獄
(一揆とは言えクーデターに近いもの)
出所後「我が闘争」を執筆しました
1933年にドイツ国首相に任命されてからは
国内では中道・極左を更に弾圧し
対外交渉としてドイツの主権回復を実現していきます
この中の大きな出来事として
突撃隊(SA)の粛清事件があげられます
突撃隊とはナチスが持っていた軍組織であり
極左との対立等ヒトラーの活動を支え続けてきた組織です
それはベルサイユ助役で制限されていた国軍と比較して
規模は5倍といった大きな組織でした
それまでの党から国の代表へと移行したヒトラーは
ここで両者(突撃隊と国軍)のいがみ合いに直面します
突撃隊としては旧態の貴族階級を基盤とした国軍では
プロイセン時代の軍隊と変わらず
近代化を果たすのであれば突撃隊が国軍に変わるもの
またヒトラーはそれを実現してくれるものと考えます
しかしヒトラーは代々軍人家系が属する国軍を蔑ろにせず
突撃隊との融和を目指します
こうした状態に突撃隊は納得できず
次第にヒトラーと衝突していきました
この状態に憂慮した大統領ヒンデンブルクは
ヒトラーが対応できないのであれば
大統領令で突撃隊を制圧するとし
こうした状況にヒトラーは自ら粛清を決断しました
(長いナイフの夜事件)
この事件によって突撃隊は壊滅しますが
代わりに親衛隊(SS)が躍進していき
後に国軍とは別の武装SSを編成する事となります
ドイツの徴兵制度は国軍が採用している為
武装SSは志願兵で構成され
構成員の半分以上は外国人が占めていたと言われます
こうした国内問題が生じてはいましたが
ヒトラーに率いられたドイツは次第に主権を回復し
1939年にポーランドへ侵攻
ソ連と共に分割統治しました
しかし当然の事ながらこの事へ英仏が反発
第二次世界大戦が始まる事となります
(第二次世界大戦へ続く)

SGC別冊総統指令発売記念号入稿

SGC号外発売記念号を入稿してきました
号外といっても最近は号外ばかり
発売記念号といっても配信まであと少し
といった状況ですが
何はともあれ配信は間近です
歴史ページに関しましては
前回の書き込みのと通り
ドイツが編成した三つの軍集団に沿って
時系列にまとめました
政治的な展開としてまとめるか
軍事展開としてまとめるか迷いましたが
今回は後者としています
ただ独ソ戦に至る800年のドイツ史は
何らかの影響を与えていたと考えるべきです
特に若い頃のヒトラーは熱心な勉強家だったので
こうしたドイツの歴史や学者の見解が与えた影響は
かなり大きな役割だったかと思います
またワイマール時代~WWIIの歴史が
現在のドイツ人に与えている影響も大きく
この時代を知っている世代が残っていたからこそ
東西ドイツの合併も成功したんだと思います

第三帝国(DrittesReich)

第一次世界大戦(1914~1918)の続きです
第一次世界大戦に敗北したドイツは
ドイツ社会民主党が中心とり
ベルサイユ条約を受け入れ
ワイマール共和政へ移行します
しかし国民の社会民主党への人気は低く
この名称を用いた国名は拒否されてしまい
国名はドイツ国のままでした
(DeutschesReich:ドィッチュライヒ)
こうした状況でしたので国内は安定せず
極右極左が躍進する事態が生じます
そうした事態に国民も困惑したのか
一度はドイツ社会民主党が躍進しますが
経済政策をうまく打ち出せない為
生活は混乱し次第に世の中の動向は右傾化
社会民主党は大統領選で敗北して
保守系のヒンデンブルクが大統領に選ばれます
同時にナチスも躍進しました
その後1933年ヒトラーが首相に任命され
まずは共産党続いて社民党の弱体化が図られました
こうしてヒトラーの時代「第三帝国」が出現します
(国名はドイツ国のまま)
首相となったヒトラーは
最初にワイマール憲法の改正へ手をつけます
制定時のワイマール憲法の特徴です
 大統領は皇帝並の強い権限を持つ
 完全比例代表制
 大統領は国民が選出
 首相は大統領が指名(議会が不信任可能)
この制度から出た弊害として以下が上げられます
 少数政党が乱立→連立型の内閣へ
 少数政党を減らす選挙制度改革が困難
こうした事から首相の基盤は非常に脆く
また首相を議会が不信任可能であった為
次第に大統領の存在感が大きくなっていきました
(首相と大統領の力関係は現在のドイツと逆)
ヒトラーはこの制度を逆に利用し
大統領令を出させて巧みに憲法改正に取り組みます
国民の支持の薄いワイマール憲法は
こうして改正されていきました
(アドルフヒトラーへ続く)

女子部のグッズ企画からマグネットこまあぷの企画へ

まだ企画の段階ですが
女子部で制作しているゲームなどの
グッズ展開を可能とする為
グッズ制作の為の機材を購入予定
それに伴いこまあぷグッズも可能かなと
マグネット版ガザラを試作しました
(紙がマグネットに変わったもの)
ちょっとだけEWEに近づいた気がします
(テクノロジー的には後退?)
女子部のグッズ展開に関しましては
現在マスターアップが続いている事もあり
こちらが落ち着いてから考えます

第一次世界大戦(1914~1918)

ビスマルクからの続きです
皇帝ヴィルヘルム2世の時代に移ると
親政路線の皇帝はビスマルクと次第に対立
結果ビスマルクは失脚します
その後のドイツはビスマルクの路線とは異なり
帝国主義路線へ転換し英仏露との対立軸が生じました
こうして「しがらみ」が連鎖する土壌が形成されます
ドイツの同盟者である
オーストリアハンガリーの国内問題から発展した
第一次世界大戦(1914~1918)ですが
拡大した原因のひとつにロシアの存在があります
当時のロシアは黒海方面への進出を目指しており
黒海へ流れるドナウ川を経済基盤とするオーストリアと
黒海に面するトルコはこれを大きく警戒します
ドイツとしてもロシアの強大化は望ましくなく
こうして反ロシア陣営が構築されていきます
但しドイツ側から見ると
この時代のオーストリアもトルコも傾斜化しており
強力な別のパートナーを探していました
アメリカがそのひとつですが
イギリスとの対立を望まないアメリカはこれを拒否
こうして親ドイツと反ドイツの陣営が固まっていき
各国はしがらみの連鎖で大戦へと発展していきました
 1.オーストリアの国内問題に対しロシアが介入
 2.ドイツはオーストリアを支持してロシアへ宣戦
 3.同時にロシアと同盟関係のフランスにも宣戦
 4.更にフランスを攻撃する為ベルギーにも宣戦
 5.ベルギー問題に対しイギリスがドイツへ宣戦

こうして一国の国内問題が東欧の戦争へ
そしてヨーロッパ全体の戦争へ発展していきますが
イギリスの同盟者である日本も参加する事で
世界規模の大戦へと膨張していきました
この大戦はしがらみの連鎖から拡大していった為
終わり方にも苦慮し続け
各国が独自で模索しますが他国とのしがらみで頓挫
(他国=同盟者だったりもします)
こうして4年に及ぶ長期の戦争となりました
(第三帝国へ続く)

電話とFAXが復旧

恐らく昨日からだと思うのですが
電話とFAXが不通となりましてご迷惑をお掛けしました
部品を交換する事で先ほど復旧いたしました
この所は固定電話の利用は目っきり減っており
掛かってくるのも重機ダンプの買取や
未だにマイラインがどうしたというものばかり
そんなのが一日に何件も掛かってきます
いちいち対応するのも面倒なのですが
これが全く掛かってこないと何かおかしいと気付きます
数年前に20年使っていた交換機も故障したのですが
機械にも寿命があるので仕方がない

ビスマルク

フイリードリヒ2世(フイリードリヒ大王)の続きです
大王後のヨーロッパはナポレオンの時代に入るものの
そうしたナポレオンの時代も長くは続かず
(ワーテルローの戦い後の)
ウィーン体制がヨーロッパの新秩序となります
ここではナポレオンの革命が否定された事で
その内容は旧来の王制で均衡を図るというものでした
しかし時代の流れに逆行するこの秩序も長くは続かず
クリミア戦争より崩壊していきます
こうした社会秩序の変革と
多民族で構成された大国の衰退という
非常に難しい時代に活躍したのがドイツのビスマルクです
特にこの頃のドイツは小国の緩やかな連合体に過ぎず
ロシア・オーストリア・フランス・イギリス
といった大国と比較すると
弱体な連合集団に過ぎませんでした
そうしたドイツの皇帝ヴィルヘルム1世に仕える
宰相という立場で首相を24年間務め
ドイツをヨーロッパ列強へ伸し上がりました
日本の時代でいうと明治維新にあたり
ヨーロッパへ派遣された明治政府の使節団も
ドイツ・ビスマルクの手法を参考に
立憲君主国家への舵を切っていく事になります
ヴィルヘルム1世没後のビスマルクは
炭鉱で発生したストライキ問題より
ヴィルヘルム2世とも関係が悪化し失脚しました
そして1898年没しますがその20年後に発生した
第一次世界大戦でドイツは敗北
ヴィルヘルム2世はオランダへ亡命しました
(第一次世界大戦へ続く)

SGC別冊総統指令発売記念号制作中

まだ配信されていない総統指令ですが
いつものSGC別冊を制作中
アプリと両立てで作業しています
今回は独ソ戦4年間を扱うという事で
歴史ページを8ページ取りました
こちらを単に時系列型の展開ではなく
ドイツの軍集団ごとに展開する編集方法を取り
 北方軍集団
 中央軍集団
 南方軍集団(前・後)
という形を取りました
さすがにブックレットサイズの8ページで
全ての内容を網羅させるのは難しいので
どうしても所々端折っていますが
全体の流れは纏められるかと思います
ベテランゲーマーにとっては当たり前の情報ですが
こまあぷの若いスタッフには新鮮な情報の様で
こうしたユーザーを広げていく事を目指します
総統指令

フリードリヒ2世(フリードリヒ大王)

フリードリヒ1世(赤髭王バルバロッサ)の続きです
フリードリヒ2世(フリードリヒ大王)とは言っても
前回の赤髭王バルバロッサとは何の関係もなく
時代も600年くらい違いがあります
赤髭王バロバロッサは日本の鎌倉時代の人ですが
フリードリヒ大王は江戸時代初期の人です
また赤髭王は神聖ローマ帝国の皇帝で
大王はプロイセンの王です
そんな小国の王が大王と呼ばれるのは
オーストリア継承戦争に始まり
全包囲敵となる7年戦争における奮闘と
巧みな国内統治政策が評価されているからで
このプロイセンが後にドイツ帝国の母体となりした
ドイツはプロイセン等の小国が乱立していた地域で
プロイセンの宰相ビスマルクの時代(幕末~明治)に
連邦国家として成立しました
第一次世界大戦で敗戦するまで続きますが
その後のヒトラーの時代も国名はずっとドイツです
(DeutschesReich:ドィッチュライヒ)
フリードリヒ大王はイギリスの援助を得て
共に女帝である大国オーストリアやロシアと戦い続け
最終的に領土問題を解決しましたが
こうした国境に近い領土問題は
WWIIの時代まで燻りつづけます
(ビスマルクへ続く)
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