瀬田の唐橋を調べていて思うに

琵琶湖より日本を東西に分ける橋として古来大きな戦では注目される場所です
壬申の乱や藤原仲麻呂(恵美押勝)の乱や源平の戦い等など
信玄の最後でも話しに出たという説もあり江戸時代も本多家が預かっています
まぁ色々な意味で大きな橋です
この橋の調べ事をしていてちょっと前にライターさんと話していた事を思い出しました
古代の本州と九州の軍事上の玄関口はどうも今の大分県であったようです
何故大宰府がある福岡ではないのかという話しでした
今の北九州市と福岡市の間を陸路で進む場合大きな川が多数あるのです
現代の様な重火器がないのであれば大軍にて進撃する場合は川を渡るより
もしかしたら大分から険しい山越えを行った方が楽に進軍できるのでは
という内輪話しから始まり古代や神話の時代の話しで盛り上がりました
戦国時代においても大内や毛利もあまり積極的に出てきません
話しは飛びましたが橋のインフラとしての重要性を感じた瞬間です
それを思うに現在では橋の存在のありがたみがかなり薄れています
今の政権に至ってはコンクリートは国民の敵であるかのフレーズがあった記憶もあります
そんなこんなで瀬田の橋に武田の旗を立てる話しの出所について考えてみたのです
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