中世における英仏両国王の対立軸

イングランドに続きフランスを面積という形で表現します
勘違いしやすいのは中世のフランスの国王は
フランス全土を完全には掌握できてなかったという事です
フランス全土の定義としては
古代の終わりに登場するフランク王国が3つに分裂しますが
その中の西フランク王国領を基とします
近世・近代もこれと近い国土を有しています
しかし中世では契約上はフランス王に従った貴族たちが
所領を治めていますがフランス王に忠実だったかというと
決してそうだったとはいえません
特に東西に関しては反目する事が多かったと言えます
王が掌握していたパリを中心に考えると
 1.北西部:ブルターニュ
 2.中西部:アンジュー・ノルマン
 3.南西部:アキテーヌ
 4.東部:ブルゴーニュ
 5.中南部:オルレアン(王フランスの拠点)
こんな感じで国が集まっていました
この中で1.は古代ローマ時代
イングランドのブリテン島と合わせてブルタニア属州とされ
人の交流も代々続いていたと思われ
百年戦争期までこの地はイングランド王と近い土地柄でした
その中世に入るとノルマン公がイングランド王となり
フランス王の臣下ながらも対外的に王としては対等という
不思議な現象が生じました
この王位をアンジュー伯アンリ(英語:ヘンリー)が相続して
更にアキテーヌまで婚姻関係で相続する事態になると
パリや5.のオルレアン程度しか完全に掌握できていない
フランス王としてはイングランド王の存在が脅威に映ります
こうしてイングランド王領の潰しが始まるわけです
(イギリスがフランスを嫌う理由になっていきます)
この過程で4.のブルゴーニュがフランス王と反目します
(元々同族なのですが王位継承権で揉めていた事も関与)
こうして共にフランス王が共通の敵という事で
イングランド王とブルゴーニュ公が接近するわけです
中世はこの三者間の利害関係が交差し続ける時代と言えます
近世に移ると大陸のイングランド領が無くなった事で
英仏両国の抗争軸が失われた事でフランス王の権威も高まり
ブルゴーニュ公の没落で一定の安定がもたらされました
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